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#368話 施餓鬼会⑬
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大学病院は、県警から市バスで20分ほどの所に位置していた。
敷地に入ってすぐ、その物々しい雰囲気に圧倒されてしまった。
病院の玄関は、あたかも紛争地帯の野戦病院のようなありさまだったのだ。
入り口には大きく『一般外来は受け付けておりません』という張り紙が張られ、ブルーの防護服姿の職員たちがその脇を守るようにな格好で整列している。
ちょうど今、急患が到着したところらしく、車寄せには救急車が止まり、救急隊員たちが担架で患者を運び出していた。
シーツの異様なほどの盛り上がり。
その陰からのぞく、髪の毛が抜けて地肌が見える頭頂部。
明らかに餓鬼病の患者である。
「こっちです」
茫然とその様子を眺めていると、菜緒が肘でつついてきた。
後を追い、急ぎ足で建物の角を迂回した。
「やっぱり、いた」
裏手に回ると、通用口の横の丸椅子に、電子タバコを手にして、力なく腰かけた白衣の男の姿があった。
「ずいぶんとまた、お疲れのご様子だね」
そばに行くと、菜緒が男に向かって、親しげに話しかけた。
「ああ、菜緒ちゃん」
だるそうに顔を上げる男。
髪の長い、神経質そうな顔立ちの若者である。
「正直、やってられないよ」
青年が長髪を掻きむしりながら、吐き捨てるように言った。
「俺ら、動物園の飼育係じゃないっての」
「なんか大変そう」
そうねぎらいの言葉をかけた後、
「これは、私の同期で、この病院でインターンをしてる溝呂木君。こちらは…」
菜緒が青年と私を引き合わせた。
「例の感染症の、最新情報を聞きたくて」
「俺に情報漏洩しろって? 相変わらずだな、菜緒ちゃんは」
ミゾロギ君と呼ばれた青年は苦笑いしながらも、口の中で、ま、今更どうでもいいけどね、とつぶやいた。
「まず、感染症を引き起こす寄生虫だけど、卵も幼体も見つかったよ。寄生虫の専門家が今鑑定中だけど、肝臓ジストマや日本住血吸虫に近い新種だろうって。卵は患者の便から、幼体は肝臓の中から。後者は、亡くなった患者のご遺体を解剖して見つけたらしい。それから、例の貝だけど、やっぱり中間宿主だったって。中に最終宿主に寄生する前の形態、ミラジウムが潜んでた。その点では、あの中間宿主の淡水貝の発見者である菜緒ちゃんは、確かに最新情報を知る権利ぐらい、あるかもね」
「まあ、そのあたりは予想通りなんで、別に聞いても驚かないけど。気になるのは、君のさっきのセリフだよ。動物園の飼育係じゃないって、あれ。あれはいったいどういう意味なのかな?」
「実はさっきも、看護師さんの一人が患者に顔面を喰われてさ。それで大騒ぎしてたとこなんだ」
「え?」
菜緒が目を見開いた。
「顔面を、食われた?」
「それは、どういうこと?」
さすがに黙ってはおれず、横から口をはさむと、
「ご覧になりますか?」
青年が挑発するように私を見、白衣のポケットからスマホを取り出した。
「監視カメラの映像です。ちょっと興味深いんで、勝手にコピーしちゃいました。ここに、”独房”の重症患者の一人が、映ってます」
敷地に入ってすぐ、その物々しい雰囲気に圧倒されてしまった。
病院の玄関は、あたかも紛争地帯の野戦病院のようなありさまだったのだ。
入り口には大きく『一般外来は受け付けておりません』という張り紙が張られ、ブルーの防護服姿の職員たちがその脇を守るようにな格好で整列している。
ちょうど今、急患が到着したところらしく、車寄せには救急車が止まり、救急隊員たちが担架で患者を運び出していた。
シーツの異様なほどの盛り上がり。
その陰からのぞく、髪の毛が抜けて地肌が見える頭頂部。
明らかに餓鬼病の患者である。
「こっちです」
茫然とその様子を眺めていると、菜緒が肘でつついてきた。
後を追い、急ぎ足で建物の角を迂回した。
「やっぱり、いた」
裏手に回ると、通用口の横の丸椅子に、電子タバコを手にして、力なく腰かけた白衣の男の姿があった。
「ずいぶんとまた、お疲れのご様子だね」
そばに行くと、菜緒が男に向かって、親しげに話しかけた。
「ああ、菜緒ちゃん」
だるそうに顔を上げる男。
髪の長い、神経質そうな顔立ちの若者である。
「正直、やってられないよ」
青年が長髪を掻きむしりながら、吐き捨てるように言った。
「俺ら、動物園の飼育係じゃないっての」
「なんか大変そう」
そうねぎらいの言葉をかけた後、
「これは、私の同期で、この病院でインターンをしてる溝呂木君。こちらは…」
菜緒が青年と私を引き合わせた。
「例の感染症の、最新情報を聞きたくて」
「俺に情報漏洩しろって? 相変わらずだな、菜緒ちゃんは」
ミゾロギ君と呼ばれた青年は苦笑いしながらも、口の中で、ま、今更どうでもいいけどね、とつぶやいた。
「まず、感染症を引き起こす寄生虫だけど、卵も幼体も見つかったよ。寄生虫の専門家が今鑑定中だけど、肝臓ジストマや日本住血吸虫に近い新種だろうって。卵は患者の便から、幼体は肝臓の中から。後者は、亡くなった患者のご遺体を解剖して見つけたらしい。それから、例の貝だけど、やっぱり中間宿主だったって。中に最終宿主に寄生する前の形態、ミラジウムが潜んでた。その点では、あの中間宿主の淡水貝の発見者である菜緒ちゃんは、確かに最新情報を知る権利ぐらい、あるかもね」
「まあ、そのあたりは予想通りなんで、別に聞いても驚かないけど。気になるのは、君のさっきのセリフだよ。動物園の飼育係じゃないって、あれ。あれはいったいどういう意味なのかな?」
「実はさっきも、看護師さんの一人が患者に顔面を喰われてさ。それで大騒ぎしてたとこなんだ」
「え?」
菜緒が目を見開いた。
「顔面を、食われた?」
「それは、どういうこと?」
さすがに黙ってはおれず、横から口をはさむと、
「ご覧になりますか?」
青年が挑発するように私を見、白衣のポケットからスマホを取り出した。
「監視カメラの映像です。ちょっと興味深いんで、勝手にコピーしちゃいました。ここに、”独房”の重症患者の一人が、映ってます」
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