389 / 432
#365話 施餓鬼会㉚
しおりを挟む
「そうこなくっちゃ、なあ」
言下に断られるかと思いきや、老人は急に相好を崩して、傍らの相棒に同意を求めた。
「んだ。あんたにもらった軍資金で、もうアレ注文しちまったからな。今更中止だと言われても、キャンセルもできんし、わしら二人で処理するのも、なんだかなあって感じだべ」
「じゃあ、予定通りに午後7時に興安寺の境内ということで」
「おうよ」
老人たちと別れて、寺に向かった。
菜緒が秘仏の本体を見たい、というのに付き合うためである。
途中で家に寄ってみたが、やはり、妹たちが帰ってきた様子はなかった。
裏山の”穴”も調べたかったが、素人の身では単身中に入るのはさすがに怖かった。
身を切るような焦燥に耐えながら、寺への石段を登った。
「暑かったでしょう。ひとまずこちらへ」
住職に招かれ、竹林に面した宿坊の和室で、奥さんにまた冷たい麦茶をごちそうになった。
「これが、蛇舌観音の本体ですが」
一息ついた頃、奥に入って行った住職が持ってきたのは、見覚えのあるあの木箱である。
「今度は何が気になるの?」
ありがとうございます、と小声で礼を言い、さっそく仏像を取り出して調べ始めた菜緒に、私はたずねた。
「この木彫りの像、舌と同じで、中が空洞になってますよね」
指先で仏像の腹のあたりを軽く叩いて、菜緒が言った。
「ほら、ここに隙間があります。部外者の私ではさすがにあれですので、和尚さん、開けてもらえませんか?」
「ああ、ほんとだ。よく見ると、前面と背面に分かれてますね。眼鏡ケースみたいな具合に。ちょっと、待って」
住職が隙間に爪を入れて力を籠めると、カチリと乾いた音がして、仏像がふたつに割れた。
菜緒が指摘したように中は空洞になっているが、よくよく見ると、その空洞はあの舌と同じ形をしていた。
「やっぱり」
腑に落ちたように菜緒がつぶやいた。
「河原に落ちてたあの舌の部分は、もともと、ここに収められていたのです」
「どうもそのようですね。うーん、そうすると、どうも変だな」
半分に割れた仏像に目を落としたまま、住職が唸った。
「僕が宝物庫で見た時には、すでに舌は外に出されていて、口に取り付けられていた。あのチラシの写真は、その時に撮ったものです。先代が数十年前に秘仏公開を行った時に取り付けたとしても、終わった後、どうして元に戻しておかなかったんだろう。舌は華奢なつくりで、いかにも壊れやすそうだ。長い年月、外に出しっぱなしにしておけば、劣化するのは目に見えている。何事にも細かい人だった先代が、こんな大事なことを、うっかり忘れたなんてことはありえない」
舌の部分に関しては、確かにそうだろう。
河原で住職に見せてもらったあの木製の靴ベラみたいな物体は、乾燥のせいか、すでに表面がひび割れていた。
あれも中が空洞だったから、劣化は余計に早かったに違いない。
「本体に戻せなかったから、ではないですか?」
突然口をはさんできたのは、菜緒である。
意味ありげに眼鏡の奥の目を光らせて、秘密を打ち明けるように彼女は言ったのだ。
「仏像の本体の中にも、すでに何かが入れられていたんですよ」
言下に断られるかと思いきや、老人は急に相好を崩して、傍らの相棒に同意を求めた。
「んだ。あんたにもらった軍資金で、もうアレ注文しちまったからな。今更中止だと言われても、キャンセルもできんし、わしら二人で処理するのも、なんだかなあって感じだべ」
「じゃあ、予定通りに午後7時に興安寺の境内ということで」
「おうよ」
老人たちと別れて、寺に向かった。
菜緒が秘仏の本体を見たい、というのに付き合うためである。
途中で家に寄ってみたが、やはり、妹たちが帰ってきた様子はなかった。
裏山の”穴”も調べたかったが、素人の身では単身中に入るのはさすがに怖かった。
身を切るような焦燥に耐えながら、寺への石段を登った。
「暑かったでしょう。ひとまずこちらへ」
住職に招かれ、竹林に面した宿坊の和室で、奥さんにまた冷たい麦茶をごちそうになった。
「これが、蛇舌観音の本体ですが」
一息ついた頃、奥に入って行った住職が持ってきたのは、見覚えのあるあの木箱である。
「今度は何が気になるの?」
ありがとうございます、と小声で礼を言い、さっそく仏像を取り出して調べ始めた菜緒に、私はたずねた。
「この木彫りの像、舌と同じで、中が空洞になってますよね」
指先で仏像の腹のあたりを軽く叩いて、菜緒が言った。
「ほら、ここに隙間があります。部外者の私ではさすがにあれですので、和尚さん、開けてもらえませんか?」
「ああ、ほんとだ。よく見ると、前面と背面に分かれてますね。眼鏡ケースみたいな具合に。ちょっと、待って」
住職が隙間に爪を入れて力を籠めると、カチリと乾いた音がして、仏像がふたつに割れた。
菜緒が指摘したように中は空洞になっているが、よくよく見ると、その空洞はあの舌と同じ形をしていた。
「やっぱり」
腑に落ちたように菜緒がつぶやいた。
「河原に落ちてたあの舌の部分は、もともと、ここに収められていたのです」
「どうもそのようですね。うーん、そうすると、どうも変だな」
半分に割れた仏像に目を落としたまま、住職が唸った。
「僕が宝物庫で見た時には、すでに舌は外に出されていて、口に取り付けられていた。あのチラシの写真は、その時に撮ったものです。先代が数十年前に秘仏公開を行った時に取り付けたとしても、終わった後、どうして元に戻しておかなかったんだろう。舌は華奢なつくりで、いかにも壊れやすそうだ。長い年月、外に出しっぱなしにしておけば、劣化するのは目に見えている。何事にも細かい人だった先代が、こんな大事なことを、うっかり忘れたなんてことはありえない」
舌の部分に関しては、確かにそうだろう。
河原で住職に見せてもらったあの木製の靴ベラみたいな物体は、乾燥のせいか、すでに表面がひび割れていた。
あれも中が空洞だったから、劣化は余計に早かったに違いない。
「本体に戻せなかったから、ではないですか?」
突然口をはさんできたのは、菜緒である。
意味ありげに眼鏡の奥の目を光らせて、秘密を打ち明けるように彼女は言ったのだ。
「仏像の本体の中にも、すでに何かが入れられていたんですよ」
2
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる