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#365話 施餓鬼会㉚

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「そうこなくっちゃ、なあ」
 言下に断られるかと思いきや、老人は急に相好を崩して、傍らの相棒に同意を求めた。
「んだ。あんたにもらった軍資金で、もうアレ注文しちまったからな。今更中止だと言われても、キャンセルもできんし、わしら二人で処理するのも、なんだかなあって感じだべ」
「じゃあ、予定通りに午後7時に興安寺の境内ということで」
「おうよ」
 老人たちと別れて、寺に向かった。
 菜緒が秘仏の本体を見たい、というのに付き合うためである。
 途中で家に寄ってみたが、やはり、妹たちが帰ってきた様子はなかった。
 裏山の”穴”も調べたかったが、素人の身では単身中に入るのはさすがに怖かった。
 身を切るような焦燥に耐えながら、寺への石段を登った。
「暑かったでしょう。ひとまずこちらへ」
 住職に招かれ、竹林に面した宿坊の和室で、奥さんにまた冷たい麦茶をごちそうになった。
「これが、蛇舌観音の本体ですが」
 一息ついた頃、奥に入って行った住職が持ってきたのは、見覚えのあるあの木箱である。
「今度は何が気になるの?」
 ありがとうございます、と小声で礼を言い、さっそく仏像を取り出して調べ始めた菜緒に、私はたずねた。
「この木彫りの像、舌と同じで、中が空洞になってますよね」
 指先で仏像の腹のあたりを軽く叩いて、菜緒が言った。
「ほら、ここに隙間があります。部外者の私ではさすがにあれですので、和尚さん、開けてもらえませんか?」
「ああ、ほんとだ。よく見ると、前面と背面に分かれてますね。眼鏡ケースみたいな具合に。ちょっと、待って」
 住職が隙間に爪を入れて力を籠めると、カチリと乾いた音がして、仏像がふたつに割れた。
 菜緒が指摘したように中は空洞になっているが、よくよく見ると、その空洞はあの舌と同じ形をしていた。
「やっぱり」
 腑に落ちたように菜緒がつぶやいた。
「河原に落ちてたあの舌の部分は、もともと、ここに収められていたのです」
「どうもそのようですね。うーん、そうすると、どうも変だな」
 半分に割れた仏像に目を落としたまま、住職が唸った。
「僕が宝物庫で見た時には、すでに舌は外に出されていて、口に取り付けられていた。あのチラシの写真は、その時に撮ったものです。先代が数十年前に秘仏公開を行った時に取り付けたとしても、終わった後、どうして元に戻しておかなかったんだろう。舌は華奢なつくりで、いかにも壊れやすそうだ。長い年月、外に出しっぱなしにしておけば、劣化するのは目に見えている。何事にも細かい人だった先代が、こんな大事なことを、うっかり忘れたなんてことはありえない」
 舌の部分に関しては、確かにそうだろう。
 河原で住職に見せてもらったあの木製の靴ベラみたいな物体は、乾燥のせいか、すでに表面がひび割れていた。
 あれも中が空洞だったから、劣化は余計に早かったに違いない。
「本体に戻せなかったから、ではないですか?」
 突然口をはさんできたのは、菜緒である。
 意味ありげに眼鏡の奥の目を光らせて、秘密を打ち明けるように彼女は言ったのだ。
「仏像の本体の中にも、すでに何かが入れられていたんですよ」
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