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#343話 施餓鬼会⑧
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母屋の裏手は竹やぶになっていて、そこを抜けると道は下り坂になり、大きな岩のゴロゴロ転がる河原へと続く。
川幅50メートルほどのその川は、上流にあるダムから流れてくる水をたたえて静かに澄んでいる。
もう少し下流に行くと、6月から解禁になった鮎釣りにいそしむ釣り人が増えてくる。
昔から小中学生の遊び場になっているこのあたりは、特に川幅が広く、水の流れも遅い。
大きな岩が川の中にも点在しているため、休憩場所にも事欠かず、絶好の川遊びスポットなのだ。
カンカン照りの陽光に焼かれながら河原に下りると、”遊泳禁止”の看板が立っていた。
即席のその看板の向こうでは、作業着姿の男たちが数人、中腰になって何やら調べている。
保健所の調査員だろうか。
「何かわかりましたか?」
ぶしつけとは思いながらも、好奇心が先に立って、つい私はそうたずねていた。
一番近くに居たその相手は唯一の女性で、一人だけ違う作業服を着ており、髪を後ろで束ね、眼鏡をかけている。
長靴を履いて浅瀬に佇むその姿は、小柄で化粧っ気がなく、まるで中高生のように見えた。
「え? えーっと」
女性は急に話しかけられ、目を丸くして振り向いたが、
「あの、私はあちらの方々とは違うんで」
と、すぐにきまり悪そうに微笑んでみせた。
「向こうはG市の市役所の保険課からいらっしゃった調査員の方々で、川の水質を調べています」
「それは…やっぱり、きのうのあの事件の関係で、ですかね」
「そうだと思います。感染症とか、ノロウイルスとか、色々言われていますから」
「それで、あなたは?」
彼女の肩から下がっているプラスチックの水槽みたいなものに気づき、私はたずねた。
その透明な箱の中には半分ほど水が入っていて、底のほうに黒い石ころのようなものが転がっている。
「私は野沢菜緒と申しまして」
女性がそばかすだらけの顔を私に向け、答えた。
「G大農学部の院生です」
「農学部、ですか」
「は、はい。うちの研究室では、代々この川の生態系を研究しておりまして」
「川の生態系? ほう、それが何か、今回の事件と」
「私の調査と事件とは直接関係ありません。私が今日ここにいるのは、ほんと、たまたま、なんですけど…」
「けど…?」
「ああ、いいえ、なんでもないです」
急に背を向け、逃げるように歩き出す女性。
「憶測でものを言うなって普段から教授にきつく言われてますので。私はこれで」
そう言い残すなり、小走りに巨石と巨石の間に姿を消してしまった。
「変なやつ」
苦笑いが込み上げてきた。
しかし、気になることもある。
彼女が採取していたあの黒いもの。
あれは、いったい…何だったのだろう?
川幅50メートルほどのその川は、上流にあるダムから流れてくる水をたたえて静かに澄んでいる。
もう少し下流に行くと、6月から解禁になった鮎釣りにいそしむ釣り人が増えてくる。
昔から小中学生の遊び場になっているこのあたりは、特に川幅が広く、水の流れも遅い。
大きな岩が川の中にも点在しているため、休憩場所にも事欠かず、絶好の川遊びスポットなのだ。
カンカン照りの陽光に焼かれながら河原に下りると、”遊泳禁止”の看板が立っていた。
即席のその看板の向こうでは、作業着姿の男たちが数人、中腰になって何やら調べている。
保健所の調査員だろうか。
「何かわかりましたか?」
ぶしつけとは思いながらも、好奇心が先に立って、つい私はそうたずねていた。
一番近くに居たその相手は唯一の女性で、一人だけ違う作業服を着ており、髪を後ろで束ね、眼鏡をかけている。
長靴を履いて浅瀬に佇むその姿は、小柄で化粧っ気がなく、まるで中高生のように見えた。
「え? えーっと」
女性は急に話しかけられ、目を丸くして振り向いたが、
「あの、私はあちらの方々とは違うんで」
と、すぐにきまり悪そうに微笑んでみせた。
「向こうはG市の市役所の保険課からいらっしゃった調査員の方々で、川の水質を調べています」
「それは…やっぱり、きのうのあの事件の関係で、ですかね」
「そうだと思います。感染症とか、ノロウイルスとか、色々言われていますから」
「それで、あなたは?」
彼女の肩から下がっているプラスチックの水槽みたいなものに気づき、私はたずねた。
その透明な箱の中には半分ほど水が入っていて、底のほうに黒い石ころのようなものが転がっている。
「私は野沢菜緒と申しまして」
女性がそばかすだらけの顔を私に向け、答えた。
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「は、はい。うちの研究室では、代々この川の生態系を研究しておりまして」
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そう言い残すなり、小走りに巨石と巨石の間に姿を消してしまった。
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