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#339話 施餓鬼会④

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 口をぬぐいながら姿を現したのは、上半身裸の少年、勇樹だった。
「どうしたの?」
 なおも問いかける母親に、
「なんでもねえよ。うっせえな」
 憎しみのこもったような鋭い視線を投げかけると、私の存在に気づいてサッと顔を背けた。
「うぜエ」
 口元がそう動くのが遠目にも見て取れた。
 実家に来て二日目だが、実のところ、この少年とはほとんど会話を交わしたことがない。
 思春期特有の刺々しさを身にまとった勇樹は、明らかに近づく他者をことごとく拒むようなヤマアラシ的オーラを発してやまないからだ。
「ごめんね」
 少年が母屋の中に消えていくと、妹がすまなさそうにつぶやいた。
「あの子、このところ、どうにも精神が不安定で」
「お父さん子だったのかもしれないな。だから今回の離婚でショックを受けてるのかも」
 言わずもがなのことを口にしながらも、私はまぶたの裏に残った少年の半裸体に感じた違和感を反芻する。
 何だろう?
 勇樹のやつ、何か変だった…。
「どっちにしろ、ふたりとも医者に診せたほうがいいんじゃないか? 姉弟そろって具合悪そうだ」
「そうは思うけど…。あの子たち、言うこと聞くかしら」
「勇樹が拒むなら、せめてそこの・・・」
 縁側に視線をやって、私はちょっと目を丸くした。
 あの少女がいない。
 濡れた水着姿で仰臥していた、あの艶めかしい肢体の少女が、いつのまにか消えている。
「あの子、どこ行ったのかしら。ちょっと母屋を見てくるわ」
 平屋の玄関に姿を消す妹を見送ると、私は縁側に腰を掛け、寺でもらってきたチラシを開いた。
 秘仏公開のチラシの裏は、施餓鬼会の案内になっている。
 そこには、こんな文章が載っていた。
『お釈迦様の十大弟子のひとりである阿難尊者が瞑想していると、焔口という餓鬼が現われ、「お前は三日後に死んで、私のように醜い餓鬼に生まれ変わるだろう」と予言しました。
 阿難尊者がお釈迦様に相談したところ、「お経を唱えながら多くの餓鬼や僧侶に食べ物を施しなさい。そうすれば、あなたの寿命は延びて悟りを開くことができるでしょう。」と話されました。
 お釈迦様が話された通りにすると、多くの餓鬼が救われ、その功徳をもって阿難尊者も寿命を延ばすことができました」
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