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#337話 施餓鬼会②
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気を取り直して手元のチラシに目を戻す。
チラシは片面刷りで中央にピントのずれた白黒写真、その下に秘仏のいわれが書いてある。
要約するとこんな感じである。
平安時代中期、京に不気味な妖怪が跋扈していたという。
蛇に舌と書いて”だぜつ”と読むそれは、美しい女に化け、次々に男を虜にしては、獲物の口からその長い舌を差し込み、内臓を啜って生きていた。その蛇舌を退治したのが通りかかった放浪の僧。僧は自ら彫った観音像に蛇舌の本体である舌を封じ込め、京の民を救ったのだという。その呪われた観音像はその後京の寺を転々とした挙句、室町時代の応仁の乱を機にこの地に流れ着き、興安寺に収められた、とチラシの説明はそう結んでいた。
もしこの謂れが本当なら、蛇舌観音は1000年以上前のものということになるわけで、間違いなく国宝級の一品である。
写真は昭和30年代に宝物庫を点検した時に当時の住職が撮ったものらしく、全体が白くぼやけていて細部がよくわからない。ただ一つ奇妙なのは、その観音像らしき仏像の口のあたりから、くねくねした長い舌のようなものが垂れている点である。その様子がいかにも、1000年前に高僧に封印された妖怪の本体が外に逃げ出そうとしているようで、ある意味かなり気味が悪かった。
「お待たせしました」
そうこうしているうちに住職の声がして、本堂の広間に正座した我々観客の前に紫の布で包んだ行李が引き出された。
「これがこの寺の秘仏、蛇舌観音です」
現れたのは、全長30センチほどのひどく古びた木製の像である。
意外に小さいことに驚いていると、観音像を掲げながら住職が言い伝えを説明し始めた。
その内容はチラシに書かれているものとほぼ同じで、新しく付け加えるべきことは特になかった。
それより私が気になったのは、ある重要な一点だった。
「あのう、ひとつ、いいですか」
住職の話が終わるのももどかしく、私は手を挙げていた。
「ご質問ですか? どうぞ、どうぞ」
住職は相変わらず愛想がいい。
「その観音像、写真と違うような気がするんですが…」
「気づかれましたか」
きれいに剃った頭を掻いて苦笑いする住職。
「ええ。写真にはちゃんと写っているのに、その像には、肝心の”舌”がないように見えるんですけど…」
「そうなんです」
住職の口元が悔しそうに引き結ばれた。
「実はふた月ほど前、宝物庫に泥棒が入りまして、一度この像、盗まれたんです。幸い、本体は裏の竹林に捨てられていたので回収できたのですが、泥棒の扱いが酷かったのか、舌の部分だけなくなっておりまして…」
予想外の打ち明け話に客たちがざわめいた。
「そんなこともあって、決心したんです。今後また、どんな災難がこの像に降りかかるかわからない。ならば、その前に、一度一般公開しておこうと」
「なるほど」
私はうなずいた。
「それにしても、妙な話ですね。肝心の秘仏を捨てていったのなら、その泥棒の目的はいったい何だったのでしょう?」
チラシは片面刷りで中央にピントのずれた白黒写真、その下に秘仏のいわれが書いてある。
要約するとこんな感じである。
平安時代中期、京に不気味な妖怪が跋扈していたという。
蛇に舌と書いて”だぜつ”と読むそれは、美しい女に化け、次々に男を虜にしては、獲物の口からその長い舌を差し込み、内臓を啜って生きていた。その蛇舌を退治したのが通りかかった放浪の僧。僧は自ら彫った観音像に蛇舌の本体である舌を封じ込め、京の民を救ったのだという。その呪われた観音像はその後京の寺を転々とした挙句、室町時代の応仁の乱を機にこの地に流れ着き、興安寺に収められた、とチラシの説明はそう結んでいた。
もしこの謂れが本当なら、蛇舌観音は1000年以上前のものということになるわけで、間違いなく国宝級の一品である。
写真は昭和30年代に宝物庫を点検した時に当時の住職が撮ったものらしく、全体が白くぼやけていて細部がよくわからない。ただ一つ奇妙なのは、その観音像らしき仏像の口のあたりから、くねくねした長い舌のようなものが垂れている点である。その様子がいかにも、1000年前に高僧に封印された妖怪の本体が外に逃げ出そうとしているようで、ある意味かなり気味が悪かった。
「お待たせしました」
そうこうしているうちに住職の声がして、本堂の広間に正座した我々観客の前に紫の布で包んだ行李が引き出された。
「これがこの寺の秘仏、蛇舌観音です」
現れたのは、全長30センチほどのひどく古びた木製の像である。
意外に小さいことに驚いていると、観音像を掲げながら住職が言い伝えを説明し始めた。
その内容はチラシに書かれているものとほぼ同じで、新しく付け加えるべきことは特になかった。
それより私が気になったのは、ある重要な一点だった。
「あのう、ひとつ、いいですか」
住職の話が終わるのももどかしく、私は手を挙げていた。
「ご質問ですか? どうぞ、どうぞ」
住職は相変わらず愛想がいい。
「その観音像、写真と違うような気がするんですが…」
「気づかれましたか」
きれいに剃った頭を掻いて苦笑いする住職。
「ええ。写真にはちゃんと写っているのに、その像には、肝心の”舌”がないように見えるんですけど…」
「そうなんです」
住職の口元が悔しそうに引き結ばれた。
「実はふた月ほど前、宝物庫に泥棒が入りまして、一度この像、盗まれたんです。幸い、本体は裏の竹林に捨てられていたので回収できたのですが、泥棒の扱いが酷かったのか、舌の部分だけなくなっておりまして…」
予想外の打ち明け話に客たちがざわめいた。
「そんなこともあって、決心したんです。今後また、どんな災難がこの像に降りかかるかわからない。ならば、その前に、一度一般公開しておこうと」
「なるほど」
私はうなずいた。
「それにしても、妙な話ですね。肝心の秘仏を捨てていったのなら、その泥棒の目的はいったい何だったのでしょう?」
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