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第308話 深夜の産声(中編)
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夫の職業はいわゆるWEBライターというやつで、他にも動画編集、HP作成請負などもやっていて、とにかく夜が遅い。
この場合は、それが幸いした。
「赤ん坊の泣き声? そんなことあるわけないだろ?」
私に懇願されて2階の寝室にやってきた夫は、仕事を中断されて明らかに迷惑そうだ。
「少し前にも聞こえたんだけど、あなた、気づかなかった?」
「いや、全然」
あの時も、私のほうが先に床に入ったのだった。
夫が寝室にやってきたのは、もう明け方近くだったのかもしれない。
「ここ、開けて中を見てくれない?」
「押し入れ? なんでまた」
「この中から聴こえてきたの。それは間違いない」
「怖いこというなよ」
苦笑しながらも、夫は怯えた様子もない。
「前の住人が、人知れず子供を産んで、押し入れの中に放置していったってか?」
自分のほうから、そんな恐ろしい想像を口にして、私を脅かしてきた。
「やめてよ」
声が震えるのがわかった。
確かにここは、田舎の格安物件だ。
古民家をリフォームした一軒家だから、年季は入っている。
「前の持ち主って、かなりのお年寄りだったし、それにもう、亡くなってるじゃない」
私たちがこの家に越してきたのは半年ほど前のこと。
以前の持ち主は、譲渡の手続きをした直後に病死したと仲介した不動産屋が言っていたのを覚えている。
「なんでそんなこというのよ。怒るよ」
「いや、そういうニュース、たまに聞くからさ」
「ごめんごめん、さあ、行くぞ」
夫は襖に手をかけると、おっかなびっくりと言った感じで、そろそろと引いていく。
私は両手で目を塞いだ。
見たくない。
もし本当に、赤ん坊の死体でも出てきたらどうしよう。
そう思ったのだ。
がー。
「うーん」
夫の唸り声におそるおそる目を開けると、当の本人は押し入れの下段に頭を突っ込んで奥を覗き込んでいた。
そこは冬用の暖房器具や毛布などがしまってある場所で、空きスペースはほとんどない。
「ど、どう?」
「何もないけど」
「上の段は?」
「布団を出した後だから、見ての通り、ガラガラだよ」
その通りだった。
不審な木箱もスポーツバッグも生ごみの袋も、怪しいものは何もない。
「気のせいだよ」
襖を閉めると、私の頭をくしゃっとやって、夫が笑った。
「パート先の人間関係で悩んでるとか? 困ったことがあるなら話聞くよ」
「…ないよ、そんなの」
「じゃあ、夢でも見たんじゃないの」
「そうかなあ」
だんだん自信がなくなってくる。
そうかもしれないという気がしたけど、でも、さっき感じた恐怖はまだ残っている。
「とりあえず、きょうは一緒に寝てくれないかな」
しばしの逡巡の末、私は夫の腕を軽くつかんでそう言った。
「いいけど」
夫が微笑み、私を抱き寄せる。
「ひと段落着いたところだし、ちょうど僕も寝ようと思ってたところだった」
それから、私たちは久しぶりに夫婦の営みを交わしたのだけど…。
その晩は、結局あの声は聞こえないままだった。
この場合は、それが幸いした。
「赤ん坊の泣き声? そんなことあるわけないだろ?」
私に懇願されて2階の寝室にやってきた夫は、仕事を中断されて明らかに迷惑そうだ。
「少し前にも聞こえたんだけど、あなた、気づかなかった?」
「いや、全然」
あの時も、私のほうが先に床に入ったのだった。
夫が寝室にやってきたのは、もう明け方近くだったのかもしれない。
「ここ、開けて中を見てくれない?」
「押し入れ? なんでまた」
「この中から聴こえてきたの。それは間違いない」
「怖いこというなよ」
苦笑しながらも、夫は怯えた様子もない。
「前の住人が、人知れず子供を産んで、押し入れの中に放置していったってか?」
自分のほうから、そんな恐ろしい想像を口にして、私を脅かしてきた。
「やめてよ」
声が震えるのがわかった。
確かにここは、田舎の格安物件だ。
古民家をリフォームした一軒家だから、年季は入っている。
「前の持ち主って、かなりのお年寄りだったし、それにもう、亡くなってるじゃない」
私たちがこの家に越してきたのは半年ほど前のこと。
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「なんでそんなこというのよ。怒るよ」
「いや、そういうニュース、たまに聞くからさ」
「ごめんごめん、さあ、行くぞ」
夫は襖に手をかけると、おっかなびっくりと言った感じで、そろそろと引いていく。
私は両手で目を塞いだ。
見たくない。
もし本当に、赤ん坊の死体でも出てきたらどうしよう。
そう思ったのだ。
がー。
「うーん」
夫の唸り声におそるおそる目を開けると、当の本人は押し入れの下段に頭を突っ込んで奥を覗き込んでいた。
そこは冬用の暖房器具や毛布などがしまってある場所で、空きスペースはほとんどない。
「ど、どう?」
「何もないけど」
「上の段は?」
「布団を出した後だから、見ての通り、ガラガラだよ」
その通りだった。
不審な木箱もスポーツバッグも生ごみの袋も、怪しいものは何もない。
「気のせいだよ」
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「…ないよ、そんなの」
「じゃあ、夢でも見たんじゃないの」
「そうかなあ」
だんだん自信がなくなってくる。
そうかもしれないという気がしたけど、でも、さっき感じた恐怖はまだ残っている。
「とりあえず、きょうは一緒に寝てくれないかな」
しばしの逡巡の末、私は夫の腕を軽くつかんでそう言った。
「いいけど」
夫が微笑み、私を抱き寄せる。
「ひと段落着いたところだし、ちょうど僕も寝ようと思ってたところだった」
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