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第305話 離島怪異譚⑰
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あまりにも異様な光景だった。
猛烈な吐き気に襲われ、私は両手で口を塞いだ。
「ひでえ…」
晴馬がつぶやくのが聞こえてきた。
晴馬の目も、釘付けになったように、湯船に浮かぶ”それ”に注がれている。
「死んで、ますよね?」
吐き気が収まるのを待ち、私は訊いた。
「おそらく…」
晴馬が足を踏み出し、湯船に近づいた。
慌てて後を追う。
見えてきた。
湯面に浮遊するのは、やはり、野崎の頭部である。
奇怪なのは、首から下がないことだ。
皮膚がスカートみたく広がっており、その下からよく肥えた赤茶色の蛸の脚が八本生えて、ゆらゆら揺れている。
その姿は、まるで海魔そのものだ。
「海魔にやられたんでしょうか?」
浴場の中は汗ばむほど暑いのに、二の腕にぞわりと鳥肌が立つのがわかった。
もし野崎が海魔に襲われたのだとすれば、大変だ。
この屋敷も、安全ではないということになるからだ。
「いや」
晴馬が首を横に振った。
「これは、ここで襲われたというより、すでにあの洞窟で海魔に寄生されたってことだと思う」
「寄生…?」
「ああ。海魔はさまざまな方法で増殖する。通常のセックスだけでなく、自分の躰の一部を宿主に植えつけて増えたりもするんだ。ただ、相性みたいなものがあるのか、寄生は往々にして失敗する。まさしく、そこの彼のようにな」
「そ、そんな…」
目の前が暗くなり、またぞろ吐き気が込み上げてきた。
昨夜の淫夢が、背徳的な疼きとともに、フラッシュバックのように蘇る。
あれが本当なら、もしかして、私の身体の中にも…。
いったんその考えが頭に浮かぶと、じっとしていられなくなった。
死んだ野崎には悪いが、自分のことで頭がいっぱいになってしまう。
どうしよう。
すぐに病院に行くべきか。
それには晴馬に昨夜のことを打ち明けねばならない。
でも、あんな恥ずかしいことを、ほとんど初対面に近い若い男性に話すなんて、心理的抵抗が大きすぎる…。
気がつくと、晴馬がスマホを耳に当て、しゃべっていた。
「金太郎か。俺だ、晴馬だ。下っ端を連れて、すぐに風呂場に来てくれ。ちょっと厄介なことになった。ひとつ、死体の処理を頼みたい」
死体の処理?
思いもよらぬ言葉に、私は思考を中断して晴馬の日に焼けた横顔を見た。
ってことは、この人、警察を呼ばないつもりなのだろうか…。
猛烈な吐き気に襲われ、私は両手で口を塞いだ。
「ひでえ…」
晴馬がつぶやくのが聞こえてきた。
晴馬の目も、釘付けになったように、湯船に浮かぶ”それ”に注がれている。
「死んで、ますよね?」
吐き気が収まるのを待ち、私は訊いた。
「おそらく…」
晴馬が足を踏み出し、湯船に近づいた。
慌てて後を追う。
見えてきた。
湯面に浮遊するのは、やはり、野崎の頭部である。
奇怪なのは、首から下がないことだ。
皮膚がスカートみたく広がっており、その下からよく肥えた赤茶色の蛸の脚が八本生えて、ゆらゆら揺れている。
その姿は、まるで海魔そのものだ。
「海魔にやられたんでしょうか?」
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もし野崎が海魔に襲われたのだとすれば、大変だ。
この屋敷も、安全ではないということになるからだ。
「いや」
晴馬が首を横に振った。
「これは、ここで襲われたというより、すでにあの洞窟で海魔に寄生されたってことだと思う」
「寄生…?」
「ああ。海魔はさまざまな方法で増殖する。通常のセックスだけでなく、自分の躰の一部を宿主に植えつけて増えたりもするんだ。ただ、相性みたいなものがあるのか、寄生は往々にして失敗する。まさしく、そこの彼のようにな」
「そ、そんな…」
目の前が暗くなり、またぞろ吐き気が込み上げてきた。
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あれが本当なら、もしかして、私の身体の中にも…。
いったんその考えが頭に浮かぶと、じっとしていられなくなった。
死んだ野崎には悪いが、自分のことで頭がいっぱいになってしまう。
どうしよう。
すぐに病院に行くべきか。
それには晴馬に昨夜のことを打ち明けねばならない。
でも、あんな恥ずかしいことを、ほとんど初対面に近い若い男性に話すなんて、心理的抵抗が大きすぎる…。
気がつくと、晴馬がスマホを耳に当て、しゃべっていた。
「金太郎か。俺だ、晴馬だ。下っ端を連れて、すぐに風呂場に来てくれ。ちょっと厄介なことになった。ひとつ、死体の処理を頼みたい」
死体の処理?
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