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第304話 離島怪異譚⑯
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源蔵老人はだんだんと口数が少なくなり、舟をこぎ出したかと思うと、途中から眠り込んでしまった。
様子を見に来た晴馬が苦笑しながら老人を連れて行き、また戻ってくると、
「どうだい? 何か役に立ったかい?」
私の前に胡坐をかいてそう訊いた。
「ええ、とっても興味深いお話でした」
お世辞ではなく、私は答えた。
「それに、あの学識の深さはすごいですね。『古事記』『日本書紀』から太平洋戦争まで、学者さんみたいでした」
「じっちゃは網元の座を退いてから、その頃、島に来ていたアマチュア郷土史家のおっさんと仲良くなったらしくて、その人について色々勉強したらしい。ヒルコとか捨て神とか俺にはよくわからんけど、まあ、海魔の起源が相当古いってのは確かみたいだな」
「その郷土史家の方は、今も島にいらっしゃるんですか? もしそうなら、一度お話をうかがいたいんですけど」
私が身を乗り出すと、晴馬は困惑したように目をしばしばさせて、
「それが、死んじまったんだ。今からもう、10年以上前のことだけど」
「死んだ? どうして?」
「この先の、天狗岩から身を投げて。子供の頃聞いた話じゃから、細かいとこはよう覚えとらんけど、自殺ってことになったんじゃなかったかなあ」
「そうなんですか…」
怪しい。
海魔に殺されたという可能性は十分ある。
源蔵老人はこの大きな網元屋敷の中にかくまわれているから安全だが、他の人々はそうではない。
海魔に目をつけられたら、逃れることは不可能なのではないだろうか。
あの蛸少女が、執念深く私たちを追ってきたように。
そこまで考えた時、
「それにしても、遅いな」
晴馬がぽつりとつぶやいた。
「え?」
顔を上げると、
「あんたの連れだよ。風呂に行ってから、もう一時間以上経ってる。中でのぼせてなけりゃいいが」
「ここのお風呂、混浴だって言ってましたよね」
「ああ」
「なら、私、見てきます」
「俺も行くよ。こっちだ」
長い廊下を庭に沿って歩くと、”湯”とだけ大書された暖簾があった。
なるほど、従業員も入るからなのか、ちょっとした大浴場になっているらしい。
「混浴ちゅうても、うちに居る女は高齢者ばかりじゃがな」
引き戸を開けて晴馬が笑った。
「野崎君、いるの?」
スリッパを脱いで、脱衣場に上がった。
棚に並んだ籠のひとつに、野崎が身に着けていた衣服らしきものが入っている。
「開けるよ」
浴場との境のすりガラスの戸を引き開けると、もわっと湯けむりが溢れ出してきた。
白い湯気が薄れていくと、中の様子が見えてきた。
「なんじゃありゃ?」
晴馬が素っ頓狂な声を上げたのは、その時だ。
「見ろ。湯船の中」
「ひっ」
それを目にしたとたん、私は小さく悲鳴を上げた。
プールみたいに広い、瓢箪型の湯船の端っこに、奇怪なものが浮いている。
ぽかんと口を開け、白目をむいた、野崎の顔…。
様子を見に来た晴馬が苦笑しながら老人を連れて行き、また戻ってくると、
「どうだい? 何か役に立ったかい?」
私の前に胡坐をかいてそう訊いた。
「ええ、とっても興味深いお話でした」
お世辞ではなく、私は答えた。
「それに、あの学識の深さはすごいですね。『古事記』『日本書紀』から太平洋戦争まで、学者さんみたいでした」
「じっちゃは網元の座を退いてから、その頃、島に来ていたアマチュア郷土史家のおっさんと仲良くなったらしくて、その人について色々勉強したらしい。ヒルコとか捨て神とか俺にはよくわからんけど、まあ、海魔の起源が相当古いってのは確かみたいだな」
「その郷土史家の方は、今も島にいらっしゃるんですか? もしそうなら、一度お話をうかがいたいんですけど」
私が身を乗り出すと、晴馬は困惑したように目をしばしばさせて、
「それが、死んじまったんだ。今からもう、10年以上前のことだけど」
「死んだ? どうして?」
「この先の、天狗岩から身を投げて。子供の頃聞いた話じゃから、細かいとこはよう覚えとらんけど、自殺ってことになったんじゃなかったかなあ」
「そうなんですか…」
怪しい。
海魔に殺されたという可能性は十分ある。
源蔵老人はこの大きな網元屋敷の中にかくまわれているから安全だが、他の人々はそうではない。
海魔に目をつけられたら、逃れることは不可能なのではないだろうか。
あの蛸少女が、執念深く私たちを追ってきたように。
そこまで考えた時、
「それにしても、遅いな」
晴馬がぽつりとつぶやいた。
「え?」
顔を上げると、
「あんたの連れだよ。風呂に行ってから、もう一時間以上経ってる。中でのぼせてなけりゃいいが」
「ここのお風呂、混浴だって言ってましたよね」
「ああ」
「なら、私、見てきます」
「俺も行くよ。こっちだ」
長い廊下を庭に沿って歩くと、”湯”とだけ大書された暖簾があった。
なるほど、従業員も入るからなのか、ちょっとした大浴場になっているらしい。
「混浴ちゅうても、うちに居る女は高齢者ばかりじゃがな」
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「野崎君、いるの?」
スリッパを脱いで、脱衣場に上がった。
棚に並んだ籠のひとつに、野崎が身に着けていた衣服らしきものが入っている。
「開けるよ」
浴場との境のすりガラスの戸を引き開けると、もわっと湯けむりが溢れ出してきた。
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「なんじゃありゃ?」
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「見ろ。湯船の中」
「ひっ」
それを目にしたとたん、私は小さく悲鳴を上げた。
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ぽかんと口を開け、白目をむいた、野崎の顔…。
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