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第294話 離島怪異譚⑬

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 網元だけあって、朝倉本家は立派なお屋敷だった。
 ただ、建物自体はかなり古く、広大な敷地を囲む木製の塀は所々日に焼けて外側に向け反り返っていた。
 建物はちょうど洞窟の真上にあたる位置に立っていて、冠木門というのだろうか、厳かな門が海へ向いている。
 海魔だの忌み島だの、不気味な話を聞いた直後だけに、その海自体が背後から襲ってくるようで、私は生きた心地がしなかった。
 その点、救いは朝倉晴馬の快活さと、屋敷内に多くの従業員たちのいるにぎやかな気配だった。
 晴馬の指示でてきぱきと準備が整えられ、私と野崎は無事、与えられた和室に収まることができた。
 そこは10畳ほどもある日本間で、違い棚にかけられた掛け軸には古色蒼然たる墨絵が描かれていた。
「なんの絵でしょう?」
 逆巻く波とも抽象的な模様とも見える図柄を眺めながら、野崎が訊いてきた。
 その目つきは妙にぎらついていて、少し前までとはがらりと印象が変わっている。
 何かに憑りつかれたような、とでもいうのか、なんだか激しい飢えに苛まれている感じだ。
「さあねえ…。それよりあんた、大丈夫なの? さっき危うく海魔に殺されかけたんでしょ?」
「ええ、まあ…」
 とつぶやきながら言葉を濁す野崎。
「でもあの時、ふと思ったんですよ。生と死は紙一重って、このことだったんだなあって」
「何それ」
 野崎が答える前に、開け放した廊下側から朝倉晴馬がずかずかと入ってきた。
「今、食事の用意してるから、ふたりともまず風呂に入ったらどうじゃ。海魔の洞窟の瘴気は早めに洗い流しておかんと、あとあと面倒なことになるぞ。特にお前さん、海魔に触られたんだろ? よっぽど念入りに体を洗っておかんと、下手すると…」
 野崎を見下ろし、意味ありげに言葉を切った。
「え? 下手すると、どうなるんです?」
 気弱げな笑みを顔に貼りつかせて、おそるおそるといった調子で、野崎がたずね返す。
「そんなん、決まっとろうが」
 怒ったような口調で、晴馬が答えた。
「放っておけば、今度はお前さんが海魔になる」
 
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