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第290話 バス通り
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久しぶりに市バスに乗った。
図書館で調べものをしようと思ったからだ。
地下鉄と比べると、市バスは遅い。
乗客の昇降に時間がかかるうえ、赤信号にひっかかる、他の車に割り込まれる、など、障害物が多いせいだ。
図書館まではかなりある。
だから、その間、音楽を聴きながら、窓から外を眺めて過ごすことにした。
肝を冷やしたのは、道のりの半分ほど来た時だ。
横断歩道のある大きな交差点をバスが左折しようとした、その刹那ー。
歩道の蔭からふいに通行人が現れたかと思うと、赤信号を無視して横断歩道を渡り始めたのである。
危ない!
僕は半ば腰を浮かしてそう叫びかけた。
が、運転手は通行人に気づいていないのか、特に減速することもなく、バスの鼻面を左側の道路に向けていく。
窓に顔をくっつけて問題の方向に懸命に目をやった。
通行人は、小太りの中年男性だった。
どうやらながらスマホで歩いているらしく、バスの接近にもまるで動じる素振りもない。
スローモーションのように、バスが男にのしかかる。
男の身体がくしゃっと折れて、タイヤに巻き込まれたらしく、一瞬にしてバスの下に消えてしまった。
ガクン!
衝撃が来た。
乗客たちが、めいめいのスマホから顔を上、げ周囲を不安げに見まわした。
交差点の真ん中で急停車するバス。
ーしばらくお待ちくださいー
アナウンスがあり、運転手がバスを降りて外へ出て行った。
ー今のはなに? どうしたの?
ー事故かしら?
バスの中にざわめきが満ち始めた。
と。
僕の斜め前の席に座っている老婆の足元にうずくまっていた盲導犬が、何かに気づいたように突然顔を上げた。
その鼻先ー。
バスの床から、何やら半透明のものが、徐々にせり上がってくる。
床板をすり抜けるようにして現れたのは、血まみれの男だった。
男は泥の中から下半身を抜くようにして両腕に力を入れると、ナメクジみたいに床から這い出した。
そうして、ひとつだけ空いていた僕の席の隣に座ると、照れくさそうに僕を横目で見て、ぽつりとつぶやいた。
「油断しちゃいましたよ。おかげでスマホが粉々だ」
悲しそうに笑ったその顔は血だらけで、額が柘榴みたいにぱっくり割れ、その隙間から脳の一部が覗いている。
何も言えないでいると、運転手が戻ってきて、運転席に座り、マイクを取った。
ーご迷惑をおかけしました。特に何もないようです。では、出発しますー
その時になって初めて、僕は隣の男が、僕と盲導犬にしか見えていないらしいことに気づいた。
こんなふうに、僕には時々、見たくないものが見えてしまう時がある…。
図書館で調べものをしようと思ったからだ。
地下鉄と比べると、市バスは遅い。
乗客の昇降に時間がかかるうえ、赤信号にひっかかる、他の車に割り込まれる、など、障害物が多いせいだ。
図書館まではかなりある。
だから、その間、音楽を聴きながら、窓から外を眺めて過ごすことにした。
肝を冷やしたのは、道のりの半分ほど来た時だ。
横断歩道のある大きな交差点をバスが左折しようとした、その刹那ー。
歩道の蔭からふいに通行人が現れたかと思うと、赤信号を無視して横断歩道を渡り始めたのである。
危ない!
僕は半ば腰を浮かしてそう叫びかけた。
が、運転手は通行人に気づいていないのか、特に減速することもなく、バスの鼻面を左側の道路に向けていく。
窓に顔をくっつけて問題の方向に懸命に目をやった。
通行人は、小太りの中年男性だった。
どうやらながらスマホで歩いているらしく、バスの接近にもまるで動じる素振りもない。
スローモーションのように、バスが男にのしかかる。
男の身体がくしゃっと折れて、タイヤに巻き込まれたらしく、一瞬にしてバスの下に消えてしまった。
ガクン!
衝撃が来た。
乗客たちが、めいめいのスマホから顔を上、げ周囲を不安げに見まわした。
交差点の真ん中で急停車するバス。
ーしばらくお待ちくださいー
アナウンスがあり、運転手がバスを降りて外へ出て行った。
ー今のはなに? どうしたの?
ー事故かしら?
バスの中にざわめきが満ち始めた。
と。
僕の斜め前の席に座っている老婆の足元にうずくまっていた盲導犬が、何かに気づいたように突然顔を上げた。
その鼻先ー。
バスの床から、何やら半透明のものが、徐々にせり上がってくる。
床板をすり抜けるようにして現れたのは、血まみれの男だった。
男は泥の中から下半身を抜くようにして両腕に力を入れると、ナメクジみたいに床から這い出した。
そうして、ひとつだけ空いていた僕の席の隣に座ると、照れくさそうに僕を横目で見て、ぽつりとつぶやいた。
「油断しちゃいましたよ。おかげでスマホが粉々だ」
悲しそうに笑ったその顔は血だらけで、額が柘榴みたいにぱっくり割れ、その隙間から脳の一部が覗いている。
何も言えないでいると、運転手が戻ってきて、運転席に座り、マイクを取った。
ーご迷惑をおかけしました。特に何もないようです。では、出発しますー
その時になって初めて、僕は隣の男が、僕と盲導犬にしか見えていないらしいことに気づいた。
こんなふうに、僕には時々、見たくないものが見えてしまう時がある…。
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