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第280話 探しもの(後編)
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5階建ての古いマンションだった。
幸い、玄関にはセキュリティなどという面倒なものはなく、すぐに中に入ることができた。
念のために集合ポストを確かめてみる。
間違いない。確かにここの3階だ。
時刻は夜の9時近く。
わずか半日で犯人をつきとめるなんて、ぼっちの俺にしては上出来だろう。
「結局、あの紙切れはなんだったの?」
エレベーターを待つ間、真由が訊いてきた。
真由は俺がリュックに入れた弁当箱に入っていて、後ろから話しかけてくる形だ。
「俺のノートだよ。自分で描いた落書きだから、見間違えるはずがない」
そうなのだ。
あれはきょうの1時限目の数学の時間。
もとより数学嫌いの俺は、ろくに授業も聞かず、一心不乱にノートにイラストを描いていた。
最近お気に入りの、『魔法少女マグナ」の絵である。
そこを、机間巡視してきたあいつに見つかったのだ。
あいつは無言で俺からノートを取り上げると、目の前で落書きのページを破り取り、それから更に細かく引きちぎってズボンのポケットに収めたのだ。
授業後、当然そのゴミはどこかに捨てたのだろうけど、一部が残っていて、ポケットからナイフを取り出す時にでも床に落ちたのだろう。
「俺は旧校舎になんて行ってないから、あのノートの切れ端をあそこに落とせる人物がいるとしたら、あいつだけなんだ」
「なるほどね。でもちょっと驚き。まさか長谷部先生が犯人だったなんて」
真由が悲しそうに目を伏せて言った。
「長谷部先生…うちの新体操部の顧問で、イケメンでやさしくて、みんなのあこがれの的だったのに」
長谷部は俺のクラスの担任でもある。
真由のいう通り、女子生徒からの人気は抜群だ。
エレベーターが3階に着き、俺は長谷部の部屋の前に立った。
「ここだ」
表札を確かめて、つぶやいた。
中の電気はついている。
ということは、長谷部が在宅している可能性はかなり高い。
「なんか、まだ信じられないんだけど…」
真由はこの期に及んで、まだぶつくさ言っている。
「すぐにわかるさ」
俺はインターホンに人差し指を当てた。
深呼吸して、指先に力を込める。
部屋の奥で呼び出し音が鳴り、沈黙が降りた。
もう一度。
今度は3連打してやった。
「誰だ? こんな時間に?」
すりガラスの向こうで影が動き、返事が返ってきた。
まぎれもなく、担任の数学教師、長谷部潤の声である。
「俺です。5組の安藤です」
思い切って、声をかけた。
心臓がばくばくいっていて、喉から飛び出しそうな勢いだ。
「安藤? はて、誰だっけ」
がっくりくる反応である。
俺は担任にも忘れられているだしい。
がちゃり。
内鍵の外れる音。
少し開いたドアの隙間から、前髪の長い長身の男が顔をのぞかせた。
音楽でも聴いていたのか、耳にイヤホンを嵌めている。
「なんだ。安藤って、おまえか。そういえば、クラスにそんなやついたな」
こうなったら、単刀直入にいくまでだ。
大きく息を吸い込んで、吐き出すついでに俺は言った。
「先生。3組の川本真由を殺しましたよね。彼女の乳首、返してもらえませんか?」
長谷部がじろりと俺をにらんだ。
何を馬鹿なことを。
おまえ、気は確かか?
くだらん言いがかりをつけると、警察呼ぶぞ。
そんな言葉を投げつけられるだろうと、俺は反射的に身構えた。
でも、こっちには証拠があるのだ。
鑑識はただのゴミだと思って見逃したみたいだけど、俺の眼はごまかせないぞ。
が、長谷部はこう言っただけだった。
「ん? 乳首? ひょっとして、これのことか」
そうして、両手を耳に当て、ゆっくりとイヤホンを外して俺の目と鼻の先に突き出した。
「ひっ」とリュックの中で真由が息を呑むのがわかった。
長谷部の手のひらの上に載っているもの。
それは、イヤホンなどではなかった。
根元から切り取られた、ふたつの乳首だったのである。
幸い、玄関にはセキュリティなどという面倒なものはなく、すぐに中に入ることができた。
念のために集合ポストを確かめてみる。
間違いない。確かにここの3階だ。
時刻は夜の9時近く。
わずか半日で犯人をつきとめるなんて、ぼっちの俺にしては上出来だろう。
「結局、あの紙切れはなんだったの?」
エレベーターを待つ間、真由が訊いてきた。
真由は俺がリュックに入れた弁当箱に入っていて、後ろから話しかけてくる形だ。
「俺のノートだよ。自分で描いた落書きだから、見間違えるはずがない」
そうなのだ。
あれはきょうの1時限目の数学の時間。
もとより数学嫌いの俺は、ろくに授業も聞かず、一心不乱にノートにイラストを描いていた。
最近お気に入りの、『魔法少女マグナ」の絵である。
そこを、机間巡視してきたあいつに見つかったのだ。
あいつは無言で俺からノートを取り上げると、目の前で落書きのページを破り取り、それから更に細かく引きちぎってズボンのポケットに収めたのだ。
授業後、当然そのゴミはどこかに捨てたのだろうけど、一部が残っていて、ポケットからナイフを取り出す時にでも床に落ちたのだろう。
「俺は旧校舎になんて行ってないから、あのノートの切れ端をあそこに落とせる人物がいるとしたら、あいつだけなんだ」
「なるほどね。でもちょっと驚き。まさか長谷部先生が犯人だったなんて」
真由が悲しそうに目を伏せて言った。
「長谷部先生…うちの新体操部の顧問で、イケメンでやさしくて、みんなのあこがれの的だったのに」
長谷部は俺のクラスの担任でもある。
真由のいう通り、女子生徒からの人気は抜群だ。
エレベーターが3階に着き、俺は長谷部の部屋の前に立った。
「ここだ」
表札を確かめて、つぶやいた。
中の電気はついている。
ということは、長谷部が在宅している可能性はかなり高い。
「なんか、まだ信じられないんだけど…」
真由はこの期に及んで、まだぶつくさ言っている。
「すぐにわかるさ」
俺はインターホンに人差し指を当てた。
深呼吸して、指先に力を込める。
部屋の奥で呼び出し音が鳴り、沈黙が降りた。
もう一度。
今度は3連打してやった。
「誰だ? こんな時間に?」
すりガラスの向こうで影が動き、返事が返ってきた。
まぎれもなく、担任の数学教師、長谷部潤の声である。
「俺です。5組の安藤です」
思い切って、声をかけた。
心臓がばくばくいっていて、喉から飛び出しそうな勢いだ。
「安藤? はて、誰だっけ」
がっくりくる反応である。
俺は担任にも忘れられているだしい。
がちゃり。
内鍵の外れる音。
少し開いたドアの隙間から、前髪の長い長身の男が顔をのぞかせた。
音楽でも聴いていたのか、耳にイヤホンを嵌めている。
「なんだ。安藤って、おまえか。そういえば、クラスにそんなやついたな」
こうなったら、単刀直入にいくまでだ。
大きく息を吸い込んで、吐き出すついでに俺は言った。
「先生。3組の川本真由を殺しましたよね。彼女の乳首、返してもらえませんか?」
長谷部がじろりと俺をにらんだ。
何を馬鹿なことを。
おまえ、気は確かか?
くだらん言いがかりをつけると、警察呼ぶぞ。
そんな言葉を投げつけられるだろうと、俺は反射的に身構えた。
でも、こっちには証拠があるのだ。
鑑識はただのゴミだと思って見逃したみたいだけど、俺の眼はごまかせないぞ。
が、長谷部はこう言っただけだった。
「ん? 乳首? ひょっとして、これのことか」
そうして、両手を耳に当て、ゆっくりとイヤホンを外して俺の目と鼻の先に突き出した。
「ひっ」とリュックの中で真由が息を呑むのがわかった。
長谷部の手のひらの上に載っているもの。
それは、イヤホンなどではなかった。
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