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第279話 探しもの(中編)
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こんなかわいい子が、俺と同じ”ぼっち”だなんて…。
にわかには信じがたい話ではあった。
だが、と俺は思い直す。
俺みたいに存在感が薄くて無視されるぼっちもあれば、真由みたいに逆に目立ちすぎて周囲から浮いてしまうぼっちもある。
そういうことなのかもしれない。
「だけど、俺なんか何の取り柄もないし、犯人、いや、その、乳首探しなんてそんな難しいこと、とてもできるとは思えないんだけど…」
困り果てて頭をかくと、
「大丈夫。警察の捜査状況とか、常に最新版をリサーチしてあなたに教えるから。こう見えても私、実体がないからどこへでも行けるんだよ。犯行現場はもちろん、警察署の中までね」
真由が自慢げに言った。
それなら、最初から俺じゃなく、刑事にでも憑りつけばいいのに、と思ったけど、口には出さなかった。
いつのまにか、俺は彼女に協力したいという気持ちになっていたからだ。
正直、他人に頼られるのは、生まれて初めてだった。
こんな俺でも誰かの役に立つことができるのかもしれない。
そう思うと、たとえようもないうれしさがこみ上げてきた。
ひとりの少女の死を前にして、喜ぶなんて不謹慎だということはわかっている。
けど、他人とこんなに長い間会話をかわすのもずいぶん久しぶりだったし、そもそも真由本人が、正体は幽霊であるとはいえ、普通なら話しかけることなど夢にもかなわぬような美少女だったのだ…。
結局、この日は弁当を食べそこなってしまった。
けれども、その必要はなかった。
昼休み中に旧校舎で真由の死体が発見され、午後からの授業はすべてなくなってしまったからである。
真由が次に現れたのは、その日の夜のことだ。
今度の出現場所は、カップラーメンの容器の中。
上からのぞくと、丸いカップラーメンの容器に、少女の顔がすっぽりはまり込んで見える。
それにしても、なぜいつも食べ物の中に現れるのか、よくわからない。
「落ち着くのよね。こういう入れ物の中って」
開口一番、真由は俺を見上げてしみじみとした口調でつぶやいた。
落ち着くのはいいけど、これじゃまた俺は夜食を食い逃してしまうじゃないか。
「じゃ、捜査状況の説明、するね」
可愛らしい鼻をくんくんさせてラーメンの臭いを嗅いだ後、真由が声のトーンを変えて切り出した。
「殺害現場は、旧校舎の1階女子トイレ。私の死亡推定時刻は、きのうの午後5時12分。死因は鋭利な刃物による心臓の損傷。背後からのひと突きが致命傷だったと考えられるが、犯人が持ち去ったとみえ、凶器は発見されていない。でもって、今のところ、容疑者はなし。5時過ぎといえば部活の終わる時間だけど、だいたい旧校舎なんて、誰も近づかないからね。あ、待ってて。今、犯行現場の画像、貼るから」
「貼るってどこに?」
「決まってるでしょ。あなたの頭の中よ」
とたんに、視界から俺の部屋が消え、閑散とした風景が目の前に浮かび上がった。
埃っぽい廊下である。
窓から斜めに夕日が差し込んでいて、床に斑の模様を形づくっている。
その光から少し離れた隅のほうに、壊れた人形のようなものが転がっていた。
手足を不自然な角度で投げ出した、全裸の少女の死体である。
が、全裸といっても、胸のあたりがペンキでも塗ったように真っ赤に染まっている。
「ひどいでしょ」
憮然とした口調で、真由が言った。
「まだ17年しか生きていないのに、私、死んじゃったんだよ」
確かにそれは、正視に耐えない眺めだった。
女の子の裸をじかに見るのはこれが初めての経験だが、とても性的興奮を覚えるような類いのものではない。
ただただ痛々しいだけだ。
「今、画像をズームするから、手掛かりがないか、よく見てね」
「俺が見たって無駄じゃね? どうせ鑑識がしらみつぶしに調べた後なんだろ?」
および腰で反論したが、遅かった。
望遠レンズのピントを調整したように、真由の死体がぐんとアップになる。
「わ、や、やめろよ。俺、そういう趣味ないんだから」
「そういう趣味ってなに?」
「だから、覗きとかそういうのだよ」
「私だって、恥を忍んで裸見せてるんだから、もう少し真面目に調べてよ」
「んなこと言ったって…」
そんな会話をかわした時である。
ふとあるものが眼に留まり、俺は「ん?」と声を上げた。
なんか見覚えがある。
あれって、ひょっとして…。
「君の死体の頭からちょっと離れた床、そこをズームアップしてくれないか」
「なにか見つけたの?」
真由の声が弾んだ。
「まあね。ほら、あの紙屑。あれにフォーカスして」
「紙屑?」
小指の先ほどの紙屑が、丸まって転がっている。
端がめくれ、中に何か描いてあるのが見えた。
マジか。
俺はうめいた。
こんなのありかよ。
「どうしたの?」
黙り込んだ俺に、真由が訊く。
「参ったなあ」
俺はうんざりした気分で、頭をかいた。
「あのさ、信じられないかもしれないけど、俺、犯人、わかっちゃったよ」
にわかには信じがたい話ではあった。
だが、と俺は思い直す。
俺みたいに存在感が薄くて無視されるぼっちもあれば、真由みたいに逆に目立ちすぎて周囲から浮いてしまうぼっちもある。
そういうことなのかもしれない。
「だけど、俺なんか何の取り柄もないし、犯人、いや、その、乳首探しなんてそんな難しいこと、とてもできるとは思えないんだけど…」
困り果てて頭をかくと、
「大丈夫。警察の捜査状況とか、常に最新版をリサーチしてあなたに教えるから。こう見えても私、実体がないからどこへでも行けるんだよ。犯行現場はもちろん、警察署の中までね」
真由が自慢げに言った。
それなら、最初から俺じゃなく、刑事にでも憑りつけばいいのに、と思ったけど、口には出さなかった。
いつのまにか、俺は彼女に協力したいという気持ちになっていたからだ。
正直、他人に頼られるのは、生まれて初めてだった。
こんな俺でも誰かの役に立つことができるのかもしれない。
そう思うと、たとえようもないうれしさがこみ上げてきた。
ひとりの少女の死を前にして、喜ぶなんて不謹慎だということはわかっている。
けど、他人とこんなに長い間会話をかわすのもずいぶん久しぶりだったし、そもそも真由本人が、正体は幽霊であるとはいえ、普通なら話しかけることなど夢にもかなわぬような美少女だったのだ…。
結局、この日は弁当を食べそこなってしまった。
けれども、その必要はなかった。
昼休み中に旧校舎で真由の死体が発見され、午後からの授業はすべてなくなってしまったからである。
真由が次に現れたのは、その日の夜のことだ。
今度の出現場所は、カップラーメンの容器の中。
上からのぞくと、丸いカップラーメンの容器に、少女の顔がすっぽりはまり込んで見える。
それにしても、なぜいつも食べ物の中に現れるのか、よくわからない。
「落ち着くのよね。こういう入れ物の中って」
開口一番、真由は俺を見上げてしみじみとした口調でつぶやいた。
落ち着くのはいいけど、これじゃまた俺は夜食を食い逃してしまうじゃないか。
「じゃ、捜査状況の説明、するね」
可愛らしい鼻をくんくんさせてラーメンの臭いを嗅いだ後、真由が声のトーンを変えて切り出した。
「殺害現場は、旧校舎の1階女子トイレ。私の死亡推定時刻は、きのうの午後5時12分。死因は鋭利な刃物による心臓の損傷。背後からのひと突きが致命傷だったと考えられるが、犯人が持ち去ったとみえ、凶器は発見されていない。でもって、今のところ、容疑者はなし。5時過ぎといえば部活の終わる時間だけど、だいたい旧校舎なんて、誰も近づかないからね。あ、待ってて。今、犯行現場の画像、貼るから」
「貼るってどこに?」
「決まってるでしょ。あなたの頭の中よ」
とたんに、視界から俺の部屋が消え、閑散とした風景が目の前に浮かび上がった。
埃っぽい廊下である。
窓から斜めに夕日が差し込んでいて、床に斑の模様を形づくっている。
その光から少し離れた隅のほうに、壊れた人形のようなものが転がっていた。
手足を不自然な角度で投げ出した、全裸の少女の死体である。
が、全裸といっても、胸のあたりがペンキでも塗ったように真っ赤に染まっている。
「ひどいでしょ」
憮然とした口調で、真由が言った。
「まだ17年しか生きていないのに、私、死んじゃったんだよ」
確かにそれは、正視に耐えない眺めだった。
女の子の裸をじかに見るのはこれが初めての経験だが、とても性的興奮を覚えるような類いのものではない。
ただただ痛々しいだけだ。
「今、画像をズームするから、手掛かりがないか、よく見てね」
「俺が見たって無駄じゃね? どうせ鑑識がしらみつぶしに調べた後なんだろ?」
および腰で反論したが、遅かった。
望遠レンズのピントを調整したように、真由の死体がぐんとアップになる。
「わ、や、やめろよ。俺、そういう趣味ないんだから」
「そういう趣味ってなに?」
「だから、覗きとかそういうのだよ」
「私だって、恥を忍んで裸見せてるんだから、もう少し真面目に調べてよ」
「んなこと言ったって…」
そんな会話をかわした時である。
ふとあるものが眼に留まり、俺は「ん?」と声を上げた。
なんか見覚えがある。
あれって、ひょっとして…。
「君の死体の頭からちょっと離れた床、そこをズームアップしてくれないか」
「なにか見つけたの?」
真由の声が弾んだ。
「まあね。ほら、あの紙屑。あれにフォーカスして」
「紙屑?」
小指の先ほどの紙屑が、丸まって転がっている。
端がめくれ、中に何か描いてあるのが見えた。
マジか。
俺はうめいた。
こんなのありかよ。
「どうしたの?」
黙り込んだ俺に、真由が訊く。
「参ったなあ」
俺はうんざりした気分で、頭をかいた。
「あのさ、信じられないかもしれないけど、俺、犯人、わかっちゃったよ」
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