超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
297 / 453

第273話 闇に這うもの(完結編)

しおりを挟む
 外は雨だ。
 そういえば、今朝のニュースで梅雨入り宣言してたっけ…。
 窓の外では、病院を囲む樹々が雨に打たれ、その向こうの車道では行き交う車が水飛沫を上げている。
「ありがとう」
 かすれた声がしたので振り向くと、山形さんがベッドに身を起こし、僕のほうを見て微笑んでいた。
「気がついたの? よかった…」
 僕は心底から安堵感が込み上げてくるのを感じ、思わず泣きそうになった。
 あれから3日。
 廃病院で僕らが見つけた死体は、その後の警察の調べで、近所で行方不明になっていた老女のものとわかった。
 認知症の兆候があったのか、偶然あの病院に入り込み、そこで何らかの原因で息絶えてしまったらしい。
 僕らは当然、住居不法侵入で取り調べられることになり、警察を筆頭に、周囲の大人たちからこってり絞られた。
 問題は意識不明のまま病院に担ぎ込まれた山形さんだったけど、今、ようやく目覚めたというわけだ。
「和田君が助けてくれたんでしょ?」
 山形さんの顔は少しやつれてはいるけれど、理知的で相変わらず美しい。
「覚えてるの? あの時のこと?」
「うん…ぼんやりと、だけど」
「大変だったね」
 無意識のうちに、山形さんの手を取っていた。
 どちらかといえば引っ込み思案な僕には、珍しく積極性のある行動だ。
 白魚のような、という形容がぴったりのその白くしなやかな指は、なぜだかじっとりと湿っている。
「うん…でも、もう、大丈夫」
 言いながら、何かを探すように周囲を見回す山形さん。
「何か欲しい?」
 僕が訊くと、
「…水」
 小声で答えた。
「ここ、空気が乾燥しているのかな。喉が渇いて、仕方ないの」
「空調のせいだろうね。ちょっと待ってて」
 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを出してきて渡すと、キャップをはずすのももどかしく、すごい勢いで飲み始めた。
「おいしい…。もう1本、もらえるかな」
「あ、ああ」
 2本目もあっという間だった。
「まだ、ある?」
「う、うん…」
 4本目にかかった時だった。
 山形さんの顔の皮膚から油みたいな液体が湧き出して、だらだら流れ始めた。
 なんだか顏の輪郭自体があいまいになって、ゼリーみたいに歪んでいく。
 そのうちに、柔らかくなった眼窩からまん丸の眼球がぐりぐりせり出して、にゅうっと上へ伸び始めた。
「や、山形、さん…」
 腰を抜かした僕を、細長い柄の先についたふたつの眼球で見下ろして、くぐもった声で”それ”が言った。
「まだ、足りない…。もっと、お水を…」
「い、今、買ってくるから、ちょ、ちょっと、待ってて」
 ひきつった笑いを顔に浮かべ、僕は立ち上がった。
「あ・り・が・とォ…」
 ベッドの中から答えたのは、山形さんとは似ても似つかぬ生き物だった。
 あり得ないことだけど…。
 それは、病衣に身を包んだ等身大のナメクジだったのだ。
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

処理中です...