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第279話 退職連鎖(中編)
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つい最近辞めた山吹千絵は職場の近くのワンルームマンションに住んでいた。
「ちょっと出てくるよ。店長には言ってあるから、後、頼んだ」
制服を脱ぎながらバイト仲間の浜田に声をかけた。
浜田は冷凍食品のゲージから顔を上げて振り向くと、「ああ」とも「うう」ともつかぬ声で返事を返してきた。
こいつ、大丈夫かな。
浜田の目と目の間が異様に離れた蛙顔には、いつもながら一抹の危惧を感じないではいられない。
コミュ障というのだろうか、アルバイトに来ている3人の男子大学生の中でも一番口数が少なく、雰囲気が暗い。
とはいえ、きょうのところは他に頼る相手もおらず、後ろ髪を引かれる思いで職場を後にした。
幸いなことに、山吹千絵は在宅だった。
インターフォンを押してドア越しに名乗ると、一応顔を覗かせてはくれた。
「ずっと寝たり起きたりなんです」
以前とは別人のようにやつれた紙のように白い顔で、千絵は言った。
「大学にもほとんど行けてなくて…そろそろ実家に戻ろうかと思ってたところなんですよ」
「それは心配だなあ。病院には行ったんだよね?」
「ええ、まあ…」
「診察の結果は、何だったの?」
「ちょっと、よくわからなくって…」
「そうなんだ」
気まずい沈黙が降りた。
千絵はいかにも具合の悪そうな様子である。
まだ数分しか話していないのに、すでに息を切らしていた。
退職の理由が体調不良というのは間違いなさそうだ。
それ以上訊くこともないので、お見舞いに持参したフルーツの詰め合わせを渡して退散することにした。
次は山吹千絵の前に辞めた坂上りりあである。
りりあは知恵と同じ大学の2年生。
名前の通り、少し派手目の明るい女の子だった。
彼女も地方から出てきて独り暮らしをしていたはずだ。
りりあが辞めたのは半年ほど前のことで、理由は千絵と同じ体調不良。
辞める時は、あんな元気そうな子が、とみんな驚いたものである。
履歴書の住所を頼りにマンションを突き止めたのは、すでに日が傾きかけた頃のことだった。
が、残念なことに、彼女はすでに部屋を引き払ってしまっていた。
管理人にたずねると、1か月ほど前のことだという。
仕方なく、履歴書に書かれている実家に電話をかけた。
長い発信音の後、ようやく電話口に出た年配の女性は、僕が名乗ると言葉少なに言った。
「娘なら入院しています」
「どこの病院ですか。よろしければお見舞いに…」
「けっこうです」
切れた。
叩きつけるような受話器の置き方だった。
入院・・・?
りりあの体調不良も、どうやらウソではなかったらしい。
なんとはなしに、嫌な予感がした。
そして、その嫌な予感は、3人目の布施美奈子の家を訪れた時に、ピークに達した。
美奈子は市内在住の専門学校生で、辞めたのは昨年の秋のこと。
履歴書によると、家は職場からバスで30分ほどの所にあった。
だが、すでにあたりが暗くなっていたせいもあったのだろうか、顔を出した彼女の母親の対応は冷たかった。
取り付く島もないとはこのことで、
「美奈子は遠くの病院に入院しています。面会も禁止されていますので」
と、それだけを固い表情で告げられた。
まただ。
またしても、入院・・・。
いったい何が起こっているのか。
俺はぞくっと身を震わせた。
暖かい初夏の夜なのに、いつのまにか二の腕に鳥肌が立っていた。
「ちょっと出てくるよ。店長には言ってあるから、後、頼んだ」
制服を脱ぎながらバイト仲間の浜田に声をかけた。
浜田は冷凍食品のゲージから顔を上げて振り向くと、「ああ」とも「うう」ともつかぬ声で返事を返してきた。
こいつ、大丈夫かな。
浜田の目と目の間が異様に離れた蛙顔には、いつもながら一抹の危惧を感じないではいられない。
コミュ障というのだろうか、アルバイトに来ている3人の男子大学生の中でも一番口数が少なく、雰囲気が暗い。
とはいえ、きょうのところは他に頼る相手もおらず、後ろ髪を引かれる思いで職場を後にした。
幸いなことに、山吹千絵は在宅だった。
インターフォンを押してドア越しに名乗ると、一応顔を覗かせてはくれた。
「ずっと寝たり起きたりなんです」
以前とは別人のようにやつれた紙のように白い顔で、千絵は言った。
「大学にもほとんど行けてなくて…そろそろ実家に戻ろうかと思ってたところなんですよ」
「それは心配だなあ。病院には行ったんだよね?」
「ええ、まあ…」
「診察の結果は、何だったの?」
「ちょっと、よくわからなくって…」
「そうなんだ」
気まずい沈黙が降りた。
千絵はいかにも具合の悪そうな様子である。
まだ数分しか話していないのに、すでに息を切らしていた。
退職の理由が体調不良というのは間違いなさそうだ。
それ以上訊くこともないので、お見舞いに持参したフルーツの詰め合わせを渡して退散することにした。
次は山吹千絵の前に辞めた坂上りりあである。
りりあは知恵と同じ大学の2年生。
名前の通り、少し派手目の明るい女の子だった。
彼女も地方から出てきて独り暮らしをしていたはずだ。
りりあが辞めたのは半年ほど前のことで、理由は千絵と同じ体調不良。
辞める時は、あんな元気そうな子が、とみんな驚いたものである。
履歴書の住所を頼りにマンションを突き止めたのは、すでに日が傾きかけた頃のことだった。
が、残念なことに、彼女はすでに部屋を引き払ってしまっていた。
管理人にたずねると、1か月ほど前のことだという。
仕方なく、履歴書に書かれている実家に電話をかけた。
長い発信音の後、ようやく電話口に出た年配の女性は、僕が名乗ると言葉少なに言った。
「娘なら入院しています」
「どこの病院ですか。よろしければお見舞いに…」
「けっこうです」
切れた。
叩きつけるような受話器の置き方だった。
入院・・・?
りりあの体調不良も、どうやらウソではなかったらしい。
なんとはなしに、嫌な予感がした。
そして、その嫌な予感は、3人目の布施美奈子の家を訪れた時に、ピークに達した。
美奈子は市内在住の専門学校生で、辞めたのは昨年の秋のこと。
履歴書によると、家は職場からバスで30分ほどの所にあった。
だが、すでにあたりが暗くなっていたせいもあったのだろうか、顔を出した彼女の母親の対応は冷たかった。
取り付く島もないとはこのことで、
「美奈子は遠くの病院に入院しています。面会も禁止されていますので」
と、それだけを固い表情で告げられた。
まただ。
またしても、入院・・・。
いったい何が起こっているのか。
俺はぞくっと身を震わせた。
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