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第250話 空気人形(後編)

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「ま、マジか」
 俺はドン引きした。
 空気人形がしゃべったのだ。
「どうなってるんだ?」
 おそるおそる近づいて、声のした頭のあたりを調べてみたけど、機械らしきものは何もない。
 どう考えても、頭部、胴体、手足と、6つの風船でできた人形である。
「なに驚いてるんです? さっそくいたしましょう。遠慮なく抱いてくださいな」
 両腕を広げた姿勢で人形が言う。
 股も広げているのは俺がその格好で椅子に座らせたからだ。
「あ、ああ、いや」
 俺は頭を掻いた。
 そうだった。
 そもそもこれは、”いたす”ために買ったのだ。
 しゃべるかしゃべらないかはこの際重要な問題ではない。
 ただ問題は俺の下半身である。
 さっきからずっと萎えたまま、びくともしないのだ。
 それはそうだろう。
 よほど妄想力が豊かでないと、この風船のオブジェを見て欲情することなんてできやしない。
「やっぱり無理ですか」
 悲しそうな声で、空気人形が言った。
「ですよね。私、安物で、こんな姿ですし。ちっとも色っぽくないですものね」
 とてもバルーンアートの出来損ないとは思えない、妙に実感のこもった、人間味のある口調である。
「い、いや、ナナちゃんと言ったね、ちょっと待ってて。服を着せればなんとかなるかも」
 廊下に出て、隣の妹の部屋に侵入する。
 妹は高校1年生だから、ナナの設定にぴったりだ。
 適当に服と下着を見繕って持ち帰り、空気人形に着せてみた。
「わあ、うれしいです。服を着せてもらえるなんて、ナナ、初めてです。鏡、見せてくれませんか」
「いいけど」
「すてき!」
 言われた通り、手鏡に映して全体像を見せてやると、目も鼻もないナナの顔が気のせいか明るく輝いた。
 ナナが身に着けているのはタンクトップとマイクロミニで、ばっちりレースのパンティが見えている。
 普通ならばっちり催すところだが、いかんせん、過激な衣装から露出している部位は相変わらず風船だ。
「これでも、だめ、ですか…?」
 俺の股間の様子に気づいたのか、落胆の響きをにじませた口調で、ナナが訊いてきた。
「いや、さっきよりはかなりいいよ。だけど、あと一歩…。あ、そうだ!」
 閃いて、俺は壁のポスターをはがし、ハサミを手に持った。
 お気に入りのアニメ映画のポスターである。
 もったいなかったが、断腸の思いでその宝物にメスならぬハサミを入れ、目的の部分を切り抜いた。
「これを顔に貼ってあげよう。そうすればきっと」
 ポスターから切り抜いた一番お気に入りのキャラの顔を、両面テープでナナの顔に貼った。
「おお!」
 できた瞬間、いける! と思った。
 確かに手足にはまだ難がある。
 胸のふくらみも小さすぎて理想にはほど遠い。
 けれど、今までと比べればずいぶんましだった。
「ああ、元気になってきましたね」
 俺の股間の変化を見て取ったのか、ナナの声が弾んだ。
「うん」
 俺はナナを抱き上げ、ベッドに横たえた。
 推しの顔とパンテイだけに意識を集中し、タンクトップの上からナナの乳房を揉む。
「気持ち、いい」
 ハアハアハア…。
 ナナの呼吸は早くもせわしさを増していく。
 下半身を密着させ、鎖骨あたりにキスをする。
「すてきです…。こんなふうに愛してもらえて、ナナ、うれしい…」
 ナナの身体はかすかに震えているようだ。
 とてもただの空気人形とは思えない反応のよさだった。
 いつしか俺は、ナナに愛着を感じ始めていた。
 可愛い、とさえ思い始めていた。
「そろそろ、いいかな」
 初めてだったが、ナナの下着を脱がすと、見よう見まねでイチモツの先っちょを股の間のくぼみに当てた。
「行くよ」
「うん、そうっと、ね」
 ずぶり。
「う」
 こ、これは…。
 痺れるような快感に、俺は我を忘れた。
 推しの名前を呼びながら、烈しく腰を突き入れた。
 とたんにー。
 ぷしゅう。
 気の抜けるような、滑稽な音がした。
「あ」
 俺の下で目を見開くナナ。
 しゅうしゅうしゅう…。
「く、空気が…」
「ご、ごめん!」
 慌てて飛びのくと、ナナの股間が大きく破れてしまっていた。
 溜まっていただけあって、俺の分身は鉄の棒並みに固くなっており、薄いナナの表皮を貫いてしまったのだ。
「ナナ! ナナ!」
 泣き叫んだけど、無駄だった。
 ナナはみるみるうちにしぼんでいく。
「ありがとう…」
 服の中にへなへなと崩れ落ちながら、最後の力を振り絞って、ナナが言った。
「うれしかったよ…」

 こうして、俺の5000円の初恋は終わったのだー。
 

 
 
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