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第240話 墓のない村①
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「私、被差別民なんです」
プロポーズした時の、彼女の返事がこれだった。
「被差別民? それは、どういうことなのかな? あ、もしかして、特殊な地域の出身だってこと?」
「まあ、そうですね。そのような、ものです」
彼女はうつむいたまま、顔を上げようとしない。
テーブルの上には、僕が贈った婚約指輪が乗っているというのに、だ。
「差別なんてそんなの時代錯誤だよ。ナンセンスもいいとこだ。この俺が生まれ育ちなんて気にすると思うかい?」
僕は熱弁した。
彼女は美しく、今どき珍しいほど、気立ての優しい娘なのだ。
婚活サイトで知り合い、やっとの思いでここまでこぎつけた。
僕はもう彼女にメロメロで、彼女なしの人生なんて考えられなくなっていた。
「ええ、でも…私の出身地は、本当に、特殊なんです。タケシさんも、今はそうおっしゃってくれますけど、実態をその目でごらんになったら、きっと…」
「大丈夫さ」
僕は胸を張った。
「そんなに言うなら、これから君の村とやらに出かけて、ご両親に挨拶しよう。そこでOKをもらったら、その指輪を受け取ってくれればいい」
「本気ですか?」
彼女が顔を上げ、疑いのまなざしで僕を見た。
「どうなっても、知らないですよ」
意味深な台詞だったけど、舞い上がった僕ははそれをいとも簡単にスルーしてしまった。
今になって、痛いほど思う。
あそこで引き返しておけば、よかったのだ…。
彼女の出身地は、山岳地帯に位置する、辺鄙な村だった。
周りを屏風のような山々に囲まれ、電車とバスを乗り継ぎ、さらに徒歩で半日以上、かかった。
ついた時にはすでに夜で、月明かりの中に浮かび上がる十数戸の集落は、まるで廃村に見えた。
その中の、一番大きな家が、彼女の実家だった。
かやぶき屋根の、恐ろしく古びた農家である。
「ただいま」
建付けの悪い引き戸を開けて中に入ると、彼女は薄暗い廊下の奥に向かって、そう声をかけた。
その声に引かれるようにしてぬうっと現れたのは、天井に頭が届きそうな巨漢がふたり、だった。
「父と母です。こちらが電話で話したタケシさん」
「は、はじめまして」
僕は襲い来る悪寒に耐えながら、かろうじてそう声を絞り出した。
目の前のふたりは、何かひどく不気味だった。
ふたりとも、ぬべっとした表情のない顔をしているのだが、その顔が異様にでかい。
身体の半分が顔ではないかと思われるほどなのだ。
それに、あの腐った魚のような目はなんだ?
まるで知性というものが感じられないではないか。
胸の所がだぶだぶにたるんでいる、髪の長いほうが母親で、下腹が達磨落としの達磨みたいに段々になっている、髪の毛の短いほうが父親ということか。
それにしても、このふたり、彼女に全然似ていない…。
両親は「ああ」とも「うう」ともつかぬ声を出しただけで、のそりと踵を返すと、足を引きずるような足取りで、来たほうへとゆっくり歩み去って行った。
「ゴメンね、ふたりとも、人見知りするたちなの」
彼女はちらっと僕を横目で見てそう言ったけど、僕は正直、早くも後悔し始めていた。
人見知りとか、あれははたしてそういう問題なのだろうか?
「今日は疲れたから早く休みましょ。明日になったら、村を案内してあげるから」
「そ、そうだね…」
うなずいた時、どこからか狂人が笑うような、ケタケタという甲高い声が聴こえてきた…。
ー続くー
プロポーズした時の、彼女の返事がこれだった。
「被差別民? それは、どういうことなのかな? あ、もしかして、特殊な地域の出身だってこと?」
「まあ、そうですね。そのような、ものです」
彼女はうつむいたまま、顔を上げようとしない。
テーブルの上には、僕が贈った婚約指輪が乗っているというのに、だ。
「差別なんてそんなの時代錯誤だよ。ナンセンスもいいとこだ。この俺が生まれ育ちなんて気にすると思うかい?」
僕は熱弁した。
彼女は美しく、今どき珍しいほど、気立ての優しい娘なのだ。
婚活サイトで知り合い、やっとの思いでここまでこぎつけた。
僕はもう彼女にメロメロで、彼女なしの人生なんて考えられなくなっていた。
「ええ、でも…私の出身地は、本当に、特殊なんです。タケシさんも、今はそうおっしゃってくれますけど、実態をその目でごらんになったら、きっと…」
「大丈夫さ」
僕は胸を張った。
「そんなに言うなら、これから君の村とやらに出かけて、ご両親に挨拶しよう。そこでOKをもらったら、その指輪を受け取ってくれればいい」
「本気ですか?」
彼女が顔を上げ、疑いのまなざしで僕を見た。
「どうなっても、知らないですよ」
意味深な台詞だったけど、舞い上がった僕ははそれをいとも簡単にスルーしてしまった。
今になって、痛いほど思う。
あそこで引き返しておけば、よかったのだ…。
彼女の出身地は、山岳地帯に位置する、辺鄙な村だった。
周りを屏風のような山々に囲まれ、電車とバスを乗り継ぎ、さらに徒歩で半日以上、かかった。
ついた時にはすでに夜で、月明かりの中に浮かび上がる十数戸の集落は、まるで廃村に見えた。
その中の、一番大きな家が、彼女の実家だった。
かやぶき屋根の、恐ろしく古びた農家である。
「ただいま」
建付けの悪い引き戸を開けて中に入ると、彼女は薄暗い廊下の奥に向かって、そう声をかけた。
その声に引かれるようにしてぬうっと現れたのは、天井に頭が届きそうな巨漢がふたり、だった。
「父と母です。こちらが電話で話したタケシさん」
「は、はじめまして」
僕は襲い来る悪寒に耐えながら、かろうじてそう声を絞り出した。
目の前のふたりは、何かひどく不気味だった。
ふたりとも、ぬべっとした表情のない顔をしているのだが、その顔が異様にでかい。
身体の半分が顔ではないかと思われるほどなのだ。
それに、あの腐った魚のような目はなんだ?
まるで知性というものが感じられないではないか。
胸の所がだぶだぶにたるんでいる、髪の長いほうが母親で、下腹が達磨落としの達磨みたいに段々になっている、髪の毛の短いほうが父親ということか。
それにしても、このふたり、彼女に全然似ていない…。
両親は「ああ」とも「うう」ともつかぬ声を出しただけで、のそりと踵を返すと、足を引きずるような足取りで、来たほうへとゆっくり歩み去って行った。
「ゴメンね、ふたりとも、人見知りするたちなの」
彼女はちらっと僕を横目で見てそう言ったけど、僕は正直、早くも後悔し始めていた。
人見知りとか、あれははたしてそういう問題なのだろうか?
「今日は疲れたから早く休みましょ。明日になったら、村を案内してあげるから」
「そ、そうだね…」
うなずいた時、どこからか狂人が笑うような、ケタケタという甲高い声が聴こえてきた…。
ー続くー
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