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第230話 忘却の代償(前編)
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「それにしても変だよな。子供がいなくなったらまず親が騒ぎ出さないか」
「普通の家庭ならね。もしかして、なにか複雑な事情があったのかもしれない。母子家庭で、しかも母親がほとんど家にいなくて、ずっと放置されてたとかさ」
「うーん、それはあり得るかもな。あいつ、いつも薄汚れた格好してたもんな」
三郎の制服はいつも肩の所に白いフケが散っていて、カッターシャツの襟元も垢で汚れていた。
ヤスオの推理もうなずけるというものだ。
そんな会話を交わしながら十分ほど歩くと、問題の廃ビルについた。
一応まわりをフェンスで囲んであるけど、解体作業が進んでいる様子もないし、作業員の姿もない。
フェンスの隙間から中に入ると、そこはコンクリートむき出しの埃っぽい空間だった。
「地下、だったよな」
「ああ。あそこに階段がある」
重い脚を引きずるようにして、下に降りた。
地下一階はさっきのフロアと同じ広さの空間で、こっちはさすがに薄暗い。
「あれだ」
ヤスオが指さした先に、コンクリートの壁にはめ込まれた鉄の扉が見えた。
近づくと、南京錠はかかったままだった。
「なんか、変な臭い、しないか」
「脅かすなよ」
「ほんとにやるのか」
「仕方ないだろ、行くぞ」
学校からくすねてきたドライバーで、ヤスオが南京錠を壊しにかかった。
ガチャリ。
安物の南京錠は難なく外れてぎいっと扉が開き始める。
とたんに異臭が鼻孔を衝いて、俺らは「うわっ」と声を上げ、たたらを踏んだ。
そしてー。
そこに、それはあった。
それは、正座した人間の姿に見えた。
だが、違うのは、”それ”の表面がざわざわと波打つように蠢いていることだ。
「三郎、か?」
ヤスオが懐中電灯をつけ、中を照らした。
瞬間ー。
ざざっと音がして、人間の形をした”それ”の表面から、一斉に白いものが雪崩を打って落ち始めた。
「や、やべっ!」
飛びのくヤスオ。
俺は恐怖で足がすくんで動けない。
ピクピク蠢きながら這い出してきたのは、おびただしい数の蛆虫だった。
どれも丸々と肥え太り、脂ぎった光沢を放っている。
蛆虫の海の中になすすべもなく突っ立って、俺は薄闇の中に浮かぶほの白い”像”と対峙した。
それは、皮と肉を虫どもに食い尽くされた、三郎の形をした骸骨だった。
どうやってその場から逃げ出したのか、今でも記憶にない。
確かなことは一つだけ。
以来、俺は白米が食えなくなった。
「普通の家庭ならね。もしかして、なにか複雑な事情があったのかもしれない。母子家庭で、しかも母親がほとんど家にいなくて、ずっと放置されてたとかさ」
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三郎の制服はいつも肩の所に白いフケが散っていて、カッターシャツの襟元も垢で汚れていた。
ヤスオの推理もうなずけるというものだ。
そんな会話を交わしながら十分ほど歩くと、問題の廃ビルについた。
一応まわりをフェンスで囲んであるけど、解体作業が進んでいる様子もないし、作業員の姿もない。
フェンスの隙間から中に入ると、そこはコンクリートむき出しの埃っぽい空間だった。
「地下、だったよな」
「ああ。あそこに階段がある」
重い脚を引きずるようにして、下に降りた。
地下一階はさっきのフロアと同じ広さの空間で、こっちはさすがに薄暗い。
「あれだ」
ヤスオが指さした先に、コンクリートの壁にはめ込まれた鉄の扉が見えた。
近づくと、南京錠はかかったままだった。
「なんか、変な臭い、しないか」
「脅かすなよ」
「ほんとにやるのか」
「仕方ないだろ、行くぞ」
学校からくすねてきたドライバーで、ヤスオが南京錠を壊しにかかった。
ガチャリ。
安物の南京錠は難なく外れてぎいっと扉が開き始める。
とたんに異臭が鼻孔を衝いて、俺らは「うわっ」と声を上げ、たたらを踏んだ。
そしてー。
そこに、それはあった。
それは、正座した人間の姿に見えた。
だが、違うのは、”それ”の表面がざわざわと波打つように蠢いていることだ。
「三郎、か?」
ヤスオが懐中電灯をつけ、中を照らした。
瞬間ー。
ざざっと音がして、人間の形をした”それ”の表面から、一斉に白いものが雪崩を打って落ち始めた。
「や、やべっ!」
飛びのくヤスオ。
俺は恐怖で足がすくんで動けない。
ピクピク蠢きながら這い出してきたのは、おびただしい数の蛆虫だった。
どれも丸々と肥え太り、脂ぎった光沢を放っている。
蛆虫の海の中になすすべもなく突っ立って、俺は薄闇の中に浮かぶほの白い”像”と対峙した。
それは、皮と肉を虫どもに食い尽くされた、三郎の形をした骸骨だった。
どうやってその場から逃げ出したのか、今でも記憶にない。
確かなことは一つだけ。
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