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第226話 精力剤
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台所の隅に、見慣れない壺があった。
中を覗くと、気味の悪い生き物が黄色っぽい液体に漬かっていた。
爺ちゃんに訊くと、ヤツメウナギを焼酎に漬けたものだという。
なるほど、よく見るとそいつはウナギに似ていて、頭の両側に目玉みたいな鰓がそれぞれ七つある。
それと本来の眼を合わせると八個になるから、ヤツメウナギと呼ぶらしい。
更に気味の悪いのは、そいつの口だった。
吸盤みたいに丸く、奥に細かい歯がびっしり生えている。
この口で獲物に吸いついて血を吸うというのが、こいつの習性なのだという。
こうなると、まるで吸血鬼である。
どうやらヤツメウナギは魚類でもないらしい。
なんでこんなことしてるの?
と尋ねると、精力剤になるからだ、という答えが返ってきた。
なかなか子供ができなくて悩んでいる叔母夫婦のためだ、と爺さん。
僕の家は古くて大きな農家で、母さんの妹である叔母さんの良子さんと、その夫の修二さんも同居しているのだ。
精力剤なるものがなんなのか、まだ小学生の僕にはわからない。
薬の一種だというのは推測できたけど、それ以上は訊いても爺ちゃんは答えてくれなかった。
どっちみち、こんな気持ちの悪いもの、飲む人の気が知れない。
爺ちゃんに無理やり飲まされるのだとしたら、叔母さんも叔父さんもいい迷惑だろう。
その日はそれで終わったけれど、忘れていた頃、異変は始まった。
最初は叔母さんだった。
叔母さんが、異様に水を飲むようになったのである。
母屋の外の井戸で井戸水をひしゃくで掬ってがぶ飲みするのをはじめ、真夜中に起き出して台所で水道に口をつけてガブガブ飲むなんてこともザラ。
そしてトイレで外に聞こえるくらいの音量でゲボゲボ言って何か吐く。
一度叔母さんが出た後のトイレに入って、変なものを見た。
真っ黒なタールのような液体が便器にたぷたぷ溜っていたのである。
すごく生臭い匂いのするそれは、流しても便器にこびりついてなかなか取れなかったのを覚えている。
最初はそんな叔母さんのことを心配していた叔父さんだったけど、そのうち妻のことを全くかまわなくなった。
なぜかというと、叔父さん自身も叔母さんと同じ症状? を示し始めたのである。
毎日大量の水を飲み、ゲボゲボ言いながら所かまわず多量の黒い液体を吐く。
やがてふたりとも、顔つきまで変わってきた。
頭が妙に尖ってきて首が長くなり、首の両横に奇妙なぶつぶつができ始めた。
目はまぶたがなくなってしまい、目玉がバセドー氏病患者みたいに飛び出してきた。
その顔つきに記憶を呼び覚まされ、台所へ行くと案の定、あの壺の中身は空っぽになっていた。
あの臭い液体は一滴もなく、枯れ枝のように干乾びたヤツメウナギの死骸だけが残っていた。
叔母さんたちはこれを飲んだのだ。
そしてついに、悲劇の夜がやってきた。
夜中に僕は、なんだか異様な気配を感じて目を覚ました。
叔母たちの部屋のほうから、妙な声が聴こえてくる。
悲鳴とも笑い声とも、うめき声ともつかない、奇妙な声だった。
気になって、足音を忍ばせ、行ってみた。
廊下には、先客がいた。
黒い影が部屋の前に佇んでいる。
誰かと思えば爺さんだ。
「失敗だ」
僕を見るなり、金壺まなこをぎらつかせて、爺さんが言った。
「あれほど少しずつ飲めと言ったのに」
中を覗いた僕は絶句した。
畳の上に敷かれた布団の上に、異様なものが二匹、絡み合って死んでいた。
それは人間と同じ大きさの、ヤツメウナギだったのだ。
中を覗くと、気味の悪い生き物が黄色っぽい液体に漬かっていた。
爺ちゃんに訊くと、ヤツメウナギを焼酎に漬けたものだという。
なるほど、よく見るとそいつはウナギに似ていて、頭の両側に目玉みたいな鰓がそれぞれ七つある。
それと本来の眼を合わせると八個になるから、ヤツメウナギと呼ぶらしい。
更に気味の悪いのは、そいつの口だった。
吸盤みたいに丸く、奥に細かい歯がびっしり生えている。
この口で獲物に吸いついて血を吸うというのが、こいつの習性なのだという。
こうなると、まるで吸血鬼である。
どうやらヤツメウナギは魚類でもないらしい。
なんでこんなことしてるの?
と尋ねると、精力剤になるからだ、という答えが返ってきた。
なかなか子供ができなくて悩んでいる叔母夫婦のためだ、と爺さん。
僕の家は古くて大きな農家で、母さんの妹である叔母さんの良子さんと、その夫の修二さんも同居しているのだ。
精力剤なるものがなんなのか、まだ小学生の僕にはわからない。
薬の一種だというのは推測できたけど、それ以上は訊いても爺ちゃんは答えてくれなかった。
どっちみち、こんな気持ちの悪いもの、飲む人の気が知れない。
爺ちゃんに無理やり飲まされるのだとしたら、叔母さんも叔父さんもいい迷惑だろう。
その日はそれで終わったけれど、忘れていた頃、異変は始まった。
最初は叔母さんだった。
叔母さんが、異様に水を飲むようになったのである。
母屋の外の井戸で井戸水をひしゃくで掬ってがぶ飲みするのをはじめ、真夜中に起き出して台所で水道に口をつけてガブガブ飲むなんてこともザラ。
そしてトイレで外に聞こえるくらいの音量でゲボゲボ言って何か吐く。
一度叔母さんが出た後のトイレに入って、変なものを見た。
真っ黒なタールのような液体が便器にたぷたぷ溜っていたのである。
すごく生臭い匂いのするそれは、流しても便器にこびりついてなかなか取れなかったのを覚えている。
最初はそんな叔母さんのことを心配していた叔父さんだったけど、そのうち妻のことを全くかまわなくなった。
なぜかというと、叔父さん自身も叔母さんと同じ症状? を示し始めたのである。
毎日大量の水を飲み、ゲボゲボ言いながら所かまわず多量の黒い液体を吐く。
やがてふたりとも、顔つきまで変わってきた。
頭が妙に尖ってきて首が長くなり、首の両横に奇妙なぶつぶつができ始めた。
目はまぶたがなくなってしまい、目玉がバセドー氏病患者みたいに飛び出してきた。
その顔つきに記憶を呼び覚まされ、台所へ行くと案の定、あの壺の中身は空っぽになっていた。
あの臭い液体は一滴もなく、枯れ枝のように干乾びたヤツメウナギの死骸だけが残っていた。
叔母さんたちはこれを飲んだのだ。
そしてついに、悲劇の夜がやってきた。
夜中に僕は、なんだか異様な気配を感じて目を覚ました。
叔母たちの部屋のほうから、妙な声が聴こえてくる。
悲鳴とも笑い声とも、うめき声ともつかない、奇妙な声だった。
気になって、足音を忍ばせ、行ってみた。
廊下には、先客がいた。
黒い影が部屋の前に佇んでいる。
誰かと思えば爺さんだ。
「失敗だ」
僕を見るなり、金壺まなこをぎらつかせて、爺さんが言った。
「あれほど少しずつ飲めと言ったのに」
中を覗いた僕は絶句した。
畳の上に敷かれた布団の上に、異様なものが二匹、絡み合って死んでいた。
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