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第218話 防人(後編)
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本当だったのか…。
茫然自失といったていで、改めて部屋の中を見回してみる。
壁に貼られた写真は曼陀羅を写したもので、その他にも阿修羅像とか釈迦三尊像とか、神仏系のものが多い。
魔よけのお札みたいなものもあるし、上を見ると天井にもびっしりアルミ箔が張り巡らされていた。
叔父は自分を”さきもり”と呼んだ。
つまりはこの部屋が宇宙クラゲから日本を守る防波堤、現代の”大宰府”というわけか。
そんなことを考えていたら、また耳鳴りがひどくなってきた。
無意識に窓のほうへと目をやると、サッシ戸の習字紙の隙間から奇妙なものが見えた。
半透明の触手が何本もゆらゆら降りてきているのだ。
ヤバい。
宇宙クラゲが勢いを盛り返したらしい。
「お、おじさん、あれ…」
振り向いた俺は、そこでハッと息を呑んだ。
自転車を漕ぐ叔父の顔色が、紙のように真っ白なのだ。
かなり具合が悪いらしく、喉をゼイゼイ鳴らし、ペダルを漕ぐスピードもどんどん落ちている。
その光景に、さすがの俺は悟らずにはいられなかった。
宇宙クラゲがまた接近し始めたのは、このせいだ。
叔父の自転車漕ぎのスピードが落ちたため、やつを遠ざける電磁波の威力が弱まってしまったというわけだ。
どうしよう…?
「救急車を…」
そう声をかけようとした、その時だった。
叔父の脚が完全に止まり、その身体がぐらりと傾いた。
あっと叫んだ時にはもう遅かった。
自転車から転げ落ちた叔父は、仰向けになったまま動かなくなってしまった。
「おじさん、しっかりして!」
肩をゆすってみたけど、無駄だった。
叔父は白目を剥き、口から泡を吹いている。
胸に手を当てると、心臓が完全に止まってしまっていた。
キ~ン!
耳をつんざくような金属音があたりに充満し、サッシ戸を覆った習字紙やビニールシートがはがされていく。
露になったガラス窓に、後から後から吸いついてくるのは例の透明な触手たちだ。
宇宙クラゲが地上にまで降りてきたのである。
くそっ! こうなったら!
僕は立ち上がると、部屋の中央の自転車によじ登り、ペダルに両足を置いた。
おじさん、後は俺に任せてくれ!
自分が競輪選手にでもなったつもりで、猛然と漕ぎ出した。
無我夢中でペダルを漕いでいると、次第にあの金属音が遠ざかっていくのがわかった。
一時は窓全体に貼りついていたおびただしい触手たちも、今は先っぽが見えているだけ。
よし、がんばるぞ!
こうして僕は、二代目”防人”になった。
そして今日も、叔父の木乃伊の横で自転車を漕ぎ続けている。
俺が帰らないのを心配して様子を見に来た母に事情を話し、差し入れをしてもらうことにしたから、食事には困らない。
でもー。
ペダルを漕ぎながら、時々思うことがある。
俺はこれを、いつまで続ければいいのだろう?
茫然自失といったていで、改めて部屋の中を見回してみる。
壁に貼られた写真は曼陀羅を写したもので、その他にも阿修羅像とか釈迦三尊像とか、神仏系のものが多い。
魔よけのお札みたいなものもあるし、上を見ると天井にもびっしりアルミ箔が張り巡らされていた。
叔父は自分を”さきもり”と呼んだ。
つまりはこの部屋が宇宙クラゲから日本を守る防波堤、現代の”大宰府”というわけか。
そんなことを考えていたら、また耳鳴りがひどくなってきた。
無意識に窓のほうへと目をやると、サッシ戸の習字紙の隙間から奇妙なものが見えた。
半透明の触手が何本もゆらゆら降りてきているのだ。
ヤバい。
宇宙クラゲが勢いを盛り返したらしい。
「お、おじさん、あれ…」
振り向いた俺は、そこでハッと息を呑んだ。
自転車を漕ぐ叔父の顔色が、紙のように真っ白なのだ。
かなり具合が悪いらしく、喉をゼイゼイ鳴らし、ペダルを漕ぐスピードもどんどん落ちている。
その光景に、さすがの俺は悟らずにはいられなかった。
宇宙クラゲがまた接近し始めたのは、このせいだ。
叔父の自転車漕ぎのスピードが落ちたため、やつを遠ざける電磁波の威力が弱まってしまったというわけだ。
どうしよう…?
「救急車を…」
そう声をかけようとした、その時だった。
叔父の脚が完全に止まり、その身体がぐらりと傾いた。
あっと叫んだ時にはもう遅かった。
自転車から転げ落ちた叔父は、仰向けになったまま動かなくなってしまった。
「おじさん、しっかりして!」
肩をゆすってみたけど、無駄だった。
叔父は白目を剥き、口から泡を吹いている。
胸に手を当てると、心臓が完全に止まってしまっていた。
キ~ン!
耳をつんざくような金属音があたりに充満し、サッシ戸を覆った習字紙やビニールシートがはがされていく。
露になったガラス窓に、後から後から吸いついてくるのは例の透明な触手たちだ。
宇宙クラゲが地上にまで降りてきたのである。
くそっ! こうなったら!
僕は立ち上がると、部屋の中央の自転車によじ登り、ペダルに両足を置いた。
おじさん、後は俺に任せてくれ!
自分が競輪選手にでもなったつもりで、猛然と漕ぎ出した。
無我夢中でペダルを漕いでいると、次第にあの金属音が遠ざかっていくのがわかった。
一時は窓全体に貼りついていたおびただしい触手たちも、今は先っぽが見えているだけ。
よし、がんばるぞ!
こうして僕は、二代目”防人”になった。
そして今日も、叔父の木乃伊の横で自転車を漕ぎ続けている。
俺が帰らないのを心配して様子を見に来た母に事情を話し、差し入れをしてもらうことにしたから、食事には困らない。
でもー。
ペダルを漕ぎながら、時々思うことがある。
俺はこれを、いつまで続ければいいのだろう?
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