223 / 440
第216話 防人(前編)
しおりを挟む
「確かこの辺だったはずなんだけどんあ」
母さんにもらった地図と周囲の風景を見比べると、進行方向左手に妙なものが見えた。
駐車場の向こうに5階建ての古いマンションが建っていて、各戸のベランダ部分が見えているのだが、その1階右端の部屋が変なのだ。
窓一面に貼られた習字紙。
紙には下手糞な字で「悪霊退散」だの「殺戮」だの「殲滅」だの、不気味な言葉が殴り書きされている。
ベランダの左半分はブルーシートで覆われ、奥のサッシ窓の中は暗くてよく見えない。
そして最も目を引くのはベランダ中央から空に向けて突き出したビニール傘である。
ビニール傘にはなぜかアルミ箔がびっしりと貼りつけられ、骨の先から電気コードみたいなものが垂れていた。
「まさかあそこじゃ…」
念のため、表側に回ってマンションの名を確かめると、やはりそうだった。
母の弟、つまり僕の叔父である尾久勇作のすまいである。
「弟と連絡がつかないのよ。もう何年も、ずっと。ちょっとあんた、そんなに暇なら様子を見てきてくれない?」
母にそう頼まれたのは今朝のこと。
大学が春休みに入り、部屋でゴロゴロしている俺を見るに見かねてか、母が言ったのだ。
母の話によると叔父はかつて神童と呼ばれ、親戚一同の期待の星だったのだという。
ところがー。
名門高校、一流大学を出て、IT関連の大手企業へ就職し、順風満帆の人生を送っているはずだったその叔父が、突然仕事を辞め、引きこもりになったのが、3年ほど前のこと。
以来、音信不通が続いているというのである。
「どうせ暇だから、いいけど」
臨時の小遣いをくれると言うので、二つ返事で家を出てきたのはいいものの、まさかこんな有様だとは…。
「すみませーん」
インターホンもないので、ドアをノックしながら呼んでみた。
反応なし。
次呼んで無反応だったら帰ることにしよう。
母さんには「いなかった」と報告すればいい…。
と、ガチャリ。
ドアが薄く開いた。
隙間から顔を出したのは、異様な人物である。
熊みたいに顔中ひげだらけの男が、頭にヘルメットをかぶっている。
しかも、そのヘルメットには、ベランダに出ていた傘と同じように、びっしりとアルミ箔が貼ってあるのだ。
「誰だ?」
「尾久勇作さん、ですよね。か、母さんから、頼まれまして…」
しどろもどろになりながら名乗って手土産を差し出すと、男は警戒するように通路の左右に目を走らせ、
「ちょうどいい。入れ」
いきなり俺の右手をつかみ、中へ引きずり込んだ。
ー中編に続くー
母さんにもらった地図と周囲の風景を見比べると、進行方向左手に妙なものが見えた。
駐車場の向こうに5階建ての古いマンションが建っていて、各戸のベランダ部分が見えているのだが、その1階右端の部屋が変なのだ。
窓一面に貼られた習字紙。
紙には下手糞な字で「悪霊退散」だの「殺戮」だの「殲滅」だの、不気味な言葉が殴り書きされている。
ベランダの左半分はブルーシートで覆われ、奥のサッシ窓の中は暗くてよく見えない。
そして最も目を引くのはベランダ中央から空に向けて突き出したビニール傘である。
ビニール傘にはなぜかアルミ箔がびっしりと貼りつけられ、骨の先から電気コードみたいなものが垂れていた。
「まさかあそこじゃ…」
念のため、表側に回ってマンションの名を確かめると、やはりそうだった。
母の弟、つまり僕の叔父である尾久勇作のすまいである。
「弟と連絡がつかないのよ。もう何年も、ずっと。ちょっとあんた、そんなに暇なら様子を見てきてくれない?」
母にそう頼まれたのは今朝のこと。
大学が春休みに入り、部屋でゴロゴロしている俺を見るに見かねてか、母が言ったのだ。
母の話によると叔父はかつて神童と呼ばれ、親戚一同の期待の星だったのだという。
ところがー。
名門高校、一流大学を出て、IT関連の大手企業へ就職し、順風満帆の人生を送っているはずだったその叔父が、突然仕事を辞め、引きこもりになったのが、3年ほど前のこと。
以来、音信不通が続いているというのである。
「どうせ暇だから、いいけど」
臨時の小遣いをくれると言うので、二つ返事で家を出てきたのはいいものの、まさかこんな有様だとは…。
「すみませーん」
インターホンもないので、ドアをノックしながら呼んでみた。
反応なし。
次呼んで無反応だったら帰ることにしよう。
母さんには「いなかった」と報告すればいい…。
と、ガチャリ。
ドアが薄く開いた。
隙間から顔を出したのは、異様な人物である。
熊みたいに顔中ひげだらけの男が、頭にヘルメットをかぶっている。
しかも、そのヘルメットには、ベランダに出ていた傘と同じように、びっしりとアルミ箔が貼ってあるのだ。
「誰だ?」
「尾久勇作さん、ですよね。か、母さんから、頼まれまして…」
しどろもどろになりながら名乗って手土産を差し出すと、男は警戒するように通路の左右に目を走らせ、
「ちょうどいい。入れ」
いきなり俺の右手をつかみ、中へ引きずり込んだ。
ー中編に続くー
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【全話まとめ】意味が分かると怖い話【解説付き】
松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で楽しめる短めの意味が分かると怖い話をたくさん作って投稿しているよ。
ヒントや補足的な役割として解説も用意しているけど、自分で想像しながら読むのがおすすめだよ。
中にはホラー寄りのものとクイズ寄りのものがあるから、お好みのお話を探してね。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる