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第213話 受肉祭
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背後に迫る”あれ”の気配。
荒い息遣いまで、聴こえてくる。
僕はもう汗びっしょりだ。
でも、目に染みる汗を拭っている余裕なんてない。
逃げ惑う人の波。
泣き叫ぶ子供たち。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
群衆で溢れ返る狭い路地を駆け抜けながら、苦い思いとともに一連の出来事を反芻する。
もとはといえば…。
馴れない電動キックボードのせいもあった。
いつのまにか、道に迷ってしまったのだ。
大通りに出ようと焦れば焦るほど、入り組んだ路地に入り込んでしまい、気づくと妙な場所に来ていた。
歩行者天国とでもいうのか、車が通行止めになり、交差点をぞろぞろ人が歩いている。
その向こうには大きな赤い鳥居が立っていて、さらに多くの人が群れていた。
鳥居には”受肉祭”と書かれた看板がかかっている。
どうやらアーケード街の入口に出たらしい。
家の近くにこんな場所があったなんてー。
まったく知らない場所だった。
だいたい、受肉祭って何なのだ?
”受肉”の前にも文字があるらしいけど、花の飾りに隠れていてよく見えない。
そんなことに気を取られていたのがまずかった。
キックボードのスピードが出過ぎていたこともある。
気づくと僕は、突然鳥居状の入口から出てきたそいつに、ハンドルを引っ掛けていた。
獅子舞である。
先頭に大人が操る頭があって、胴体に相当する唐草模様の布を子供たちが持って練り歩くタイプのあれである。
なんとかすれ違おうと身体を傾けてかわしたのだが、ハンドルの端が布の一部に引っかかってしまったのだ。
ズルズルズルッ。
キックボードが止まるまでの数秒の間に、引きずられた布の大半がめくれてしまっていた。
「す、すみません!」
子供たちの悲鳴に振り返った僕は、そこでぎょっとなった。
長い反物みたいな布の下から、存在しないはずの獅子の胴体が露出している。
僕が目を剝いたのも無理はない。
結節で区切られた円筒形のそれは、脂ぎった肉色の巨大な芋虫そっくりだったのだ。
法被を着た子供たちがてんでばらばらに逃げていく。
地面に放り出された獅子舞の獅子が、身をくねらせてうらめしげに僕を見上げた。
なんだこれ?
危うく叫びそうになった。
こいつ、獅子舞なんかじゃない。
か、怪物だ…。
骨でできたような灰色の丸い顔に、まぶたのない大きな目がふたつ、ぎょろりと飛び出ている。
鼻は穴が一対あるだけで、唇のない曲線でできた口は、これまた穴だけの耳まで裂けている。
茫然と眺めていると、芋虫そっくりの胴体から、にょきにょきと昆虫の脚みたいなものが生えてきた。
ぐわり。
蜘蛛の脚に支えられ、怪物が立ち上がる。
衝撃で看板から花輪が落下し、王冠みたいに怪物の頭を飾った。
ーてんちゅうさまが! てんちゅうさまが!
群衆から口々に声が上がり、その時になってようやく僕は看板の残りの二文字の正体を知った。
天の虫。
天虫。
つまり、こいつのことか。
くそ。
よくわからないけど、とにかく逃げろ!
僕はキックボードをスタートさせ、怪物の脇をすり抜けてアーケード街の中に飛び込んだ。
こうして、電動キックボードを操る僕と、蜘蛛の脚で駆ける巨大芋虫との追っかけこが始まったのだ。
荒い息遣いまで、聴こえてくる。
僕はもう汗びっしょりだ。
でも、目に染みる汗を拭っている余裕なんてない。
逃げ惑う人の波。
泣き叫ぶ子供たち。
どうしてこんなことになってしまったのだろう?
群衆で溢れ返る狭い路地を駆け抜けながら、苦い思いとともに一連の出来事を反芻する。
もとはといえば…。
馴れない電動キックボードのせいもあった。
いつのまにか、道に迷ってしまったのだ。
大通りに出ようと焦れば焦るほど、入り組んだ路地に入り込んでしまい、気づくと妙な場所に来ていた。
歩行者天国とでもいうのか、車が通行止めになり、交差点をぞろぞろ人が歩いている。
その向こうには大きな赤い鳥居が立っていて、さらに多くの人が群れていた。
鳥居には”受肉祭”と書かれた看板がかかっている。
どうやらアーケード街の入口に出たらしい。
家の近くにこんな場所があったなんてー。
まったく知らない場所だった。
だいたい、受肉祭って何なのだ?
”受肉”の前にも文字があるらしいけど、花の飾りに隠れていてよく見えない。
そんなことに気を取られていたのがまずかった。
キックボードのスピードが出過ぎていたこともある。
気づくと僕は、突然鳥居状の入口から出てきたそいつに、ハンドルを引っ掛けていた。
獅子舞である。
先頭に大人が操る頭があって、胴体に相当する唐草模様の布を子供たちが持って練り歩くタイプのあれである。
なんとかすれ違おうと身体を傾けてかわしたのだが、ハンドルの端が布の一部に引っかかってしまったのだ。
ズルズルズルッ。
キックボードが止まるまでの数秒の間に、引きずられた布の大半がめくれてしまっていた。
「す、すみません!」
子供たちの悲鳴に振り返った僕は、そこでぎょっとなった。
長い反物みたいな布の下から、存在しないはずの獅子の胴体が露出している。
僕が目を剝いたのも無理はない。
結節で区切られた円筒形のそれは、脂ぎった肉色の巨大な芋虫そっくりだったのだ。
法被を着た子供たちがてんでばらばらに逃げていく。
地面に放り出された獅子舞の獅子が、身をくねらせてうらめしげに僕を見上げた。
なんだこれ?
危うく叫びそうになった。
こいつ、獅子舞なんかじゃない。
か、怪物だ…。
骨でできたような灰色の丸い顔に、まぶたのない大きな目がふたつ、ぎょろりと飛び出ている。
鼻は穴が一対あるだけで、唇のない曲線でできた口は、これまた穴だけの耳まで裂けている。
茫然と眺めていると、芋虫そっくりの胴体から、にょきにょきと昆虫の脚みたいなものが生えてきた。
ぐわり。
蜘蛛の脚に支えられ、怪物が立ち上がる。
衝撃で看板から花輪が落下し、王冠みたいに怪物の頭を飾った。
ーてんちゅうさまが! てんちゅうさまが!
群衆から口々に声が上がり、その時になってようやく僕は看板の残りの二文字の正体を知った。
天の虫。
天虫。
つまり、こいつのことか。
くそ。
よくわからないけど、とにかく逃げろ!
僕はキックボードをスタートさせ、怪物の脇をすり抜けてアーケード街の中に飛び込んだ。
こうして、電動キックボードを操る僕と、蜘蛛の脚で駆ける巨大芋虫との追っかけこが始まったのだ。
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