超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

第180話 ウォッシュレット

　近所のショッピングモール。
　トイレの個室で用を足している最中だった。
　突然、館内放送が聴こえてきた。
　ー火災発生！　火災発生！　館内においでのお客様は、係員の誘導に従って非難してください！
「マジ？」
　俺は目を剥いた。
　避難しろって言ったって、こちとらまだ用便の最中なのだ。
　下痢便は止まらずで続けている。
　この勢いでは、今すぐ中断して外に出るなんて無理というものだ。
　廊下のほうから悲鳴が聞こえてくる。
　気のせいか、空気が焦げ臭い。
　ガチでヤバいぞ。
　俺は便座に坐ったまま震え出した。
「クソ、どうすればいいんだ！」
　シャレとも悪態ともつかぬうめき声を漏らした俺は、ふと右手の壁に貼られた注意書きに気づいた。
　ウォシュレットの使用法を箇条書きにした一番下に、赤い字で『緊急時には』という一文がある。
「なになに？　用便中に緊急事態が発生した場合は、便座横の赤いボタンを押すこと、だって？」
　見ると、確かに、”おしり”、”ビデ”の後に、見覚えのない真っ赤なボタンがついていた。
「助かった！」
　このボタンを押すことで、どうなるかまでは書いてない。
　でも今は、藁にもすがる思いでやるしかない。
　ためらわず、プッシュした。
　その瞬間ー。
　ー緊急脱出装置、作動しますー
　女性の声とともにガタンという音がして、やおら個室の天井が開いた。
「あ？」
　間の抜けた声を出して上を見上げた、その刹那ー。
　ズドン！
　俺は便器ごと、空の彼方に射出されていた。
　下半身裸で、肛門から下痢便を噴出したまま…。