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第175話 ひき逃げ

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 最悪だった。
 中身のない職員会議に続き、恒例の飲み会。
 その席上では、酔っぱらった校長の隣に座らされ、セクハラ三昧。
 私が既婚者であるのを知っているくせに、太腿を触る、胸を揉むなど、やりたい放題。
 挙句の果てに車だというのに無理やりビールを飲ませられ、やっと途中退席できたら、と思ったら…。
 やってしまった。
 人身事故である。
 大通りから、人気のない夜道に入ったところだった。
 ふいに目の前に横断歩道が現れ、何か黒い影が…。
 それは人間にしては妙にふにゃふにゃしていて、風もないのにゆらゆら揺れていた。
 そのチンアナゴみたいなやつに、正面からぶつかったのだ。
 思ったよりも、衝撃はなかった。
 急ブレーキをかけて車を降りると、おそるおそる前を覗き込んだ。
 数メートル先に、黒いものが倒れていた。
 形は人間のそれだが、服を着ておらず、全身がタールを塗ったみたいにぬめぬめと黒光りしている。
 丸い頭と思われる部分が持ち上がって、目らしきものが開いた。
 赤く血走った、怒りと苦痛に満ちた二つの穴…。
 人間じゃない。
 こいつ、化け物だ!
 車に戻り、エンジンをかけ、急発進させる。
 軽い衝撃があって、タイヤが何かを乗り越えたのがわかった。
 酔いはすっかりさめていた。
 私は何かに追われるように無我夢中で愛車を走らせた。

 翌朝ー。
 TVのニュースにも新聞の朝刊にも、特にひき逃げの記事は出ていなかった。
 念のため、SNSもチェックしたが、こちらも大丈夫。
 やはりあれは、人ではなかったのだ。
 幾分ほっとして夫と娘の朝食を作り、ふたりが食べている間に出勤する。
 担任をしている2年B組の教室に向かい、引き戸を開けて中に入った。
「みんな、おはよ…」
 言いかけて、私は絶句した。
 席についているのは、見慣れた生徒たちではなかった。
 くねくねした黒いもの。
 40匹のチンアナゴみたいなやつらが、ゆらゆら揺れながらあの赤い目で私を見つめ返してきたのだ…。
 
 

 
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