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第171話 冬の蝶

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「わあ、すご~い! ママ、見て見て!」
 窓から外を眺めていた息子が、歓声を上げた。
「なあに?」
 洗い物の手を止めて振り返ると、窓を開けて身を乗り出し、空を指さしている。
「どうしたの?」
 ハンドタオルで手を拭きながら訊き返す。
 息子のタケルは6歳。
 郊外のこの土地に越してきて迎える初めての冬。
 窓の外には葉の落ちた木々の向こうに平坦な土地が広がっている。
 昔そこは戦国時代の古戦場だったらしい。
「ほら、飛んでるでしょ」
「え? 飛んでるって、何が?」
「チョウチョだよ」
「まさか…」
 目を凝らしてみて、ようやく気づいた。
 木立の間から現れたおびただしい数の白いものが、螺旋を描き、競い合うようにして空へと舞い上がっていく。
 雪が舞っているのかと思い、気にも留めていなかったのだが、よく見るとその形は確かに蝶のようだ。
「変ねえ、まだ1月なのに…」
 異常気象というわけでもない。
 今朝は雪が降ってもおかしくないほど寒いのだ。
「ねえ、チョウチョ、採ってきていい?」
 眸を輝かせてタケルが訊いてきた。
 ここへ越してきた当初、緑が多いこの土地が気に入って、息子は休みとなれば一日中、捕虫網片手に外を駆け回っていたものだったのだ。
「いいけど、すぐ帰ってくるのよ」
「うん、車道にも出ないから、大丈夫」
 元気よくうなずいて、一目散に駆け出した。

 カケルが戻ってきたのは、30分ほど経ってからのことだった。
「大漁だったよ」
 自慢げに掲げて見せた虫かごの中は、なるほど白い生き物でいっぱいだ。
「こんなにたくさん、よく採れたねえ」
「森の中に塚があるでしょ。あそこにいっぱいとまってた」
「塚?」
 なんとなく、思い出した。
 言われてみると確かに、古戦場と森の境目に、柵で囲まれた大きな土饅頭みたいなものがあった気がする。
「でも、このチョウチョ、ちょっと変なんだ」
 タケルの怪訝そうな口調が気になり、
「どこが?」
 虫かごを覗き込んだ私は、その刹那、「ううっ」と小さく悲鳴を上げていた。
 中で弱々しく蠢いている、一見蝶にそっくりのその生き物たちー。
 その正体は、付け根から切り取られた、人間の耳だったのだ。
「あれ、耳塚だったのね」
 つぶやく私に、
「耳塚って?」
 タケルが不思議そうな顔で訊いてきた。
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