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第166話 頂き女子(完結編)

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 ー僕が何とかするー
 そう言い切ってみたものの、現実は厳しかった。
 まず、退職金についてだが、社長に直接掛け合ってみたものの、鼻であしらわれただけだった。
 前借りも何も、たかが派遣社員にそんなもの出せるわけがない、というのである。
 半ば予想していたことだけれど、これは痛かった。
 私は途方に暮れた。
 残る手段はひとつしかない。
 翌日からサラ金を片っ端から回ってみることにした。
 が、ダメだった。
 この不況の折、いくらサラ金といえども、何の保証もない相手にいきなり1000万もの金を貸す所はなかった。
 かなりやばそうな闇金ですら、無理だと言われた。
 私が妙齢の女性ならまだなんとかなったのかもしれないが、60前のジジイではなんともならないと笑われるのがオチだった。
 この際、銀行強盗でもするしかないか…。
 私は狭いアパートの一室で頭を抱えて落ち込んだ。
 そんな絶体絶命の私の前に救いの手が現れたのは、期限の月末まであと1週間と迫った時のことである。
 スマホに突然メッセージが届いたのだ。
 最後に回った闇金からだった。
 金は貸せないが、希望に添えるかもしれない仕事があるという。
 藁にも縋る思いで出かけることにした。
 雑居ビルの地下の闇金の事務所でいかにもやくざ風の担当者に会い、次に車で連れていかれたのは病院だった。
「ここの院長なら、あるいはってとこだ。まあ、健闘を祈るぜ」
 担当者は意味深な薄ら笑いとともにそう言い残すと、私を置いてあっさり帰って行ってしまった。
 そこは個人経営で、外科を主としている医院だった。
 個人の病院にしてはすべてにおいて贅沢で、調度類などにもお金がかかっていた。
 私を診察室に通すなり、でっぷり太った院長がたずねてきた。
「身体は丈夫ですか? 内臓疾患などはありませんよね? まあ、一応精密検査はしてみますが、1000万となると、大部分の臓器を提供していただかなければなりません」
「臓器、ですか?」
 嫌な予感がした。
 まさか、臓器売買?
 この国にも、そんなものが存在するのか?
「おや、お聞きでない? 困ったな。私どもは、政治家や大企業のトップの方々に非公式に臓器を提供する裏の医師団なのです。あなたの場合、ご希望に沿おうとすると、残るのは脳ぐらいなものですが、どうしますか? いやならこの話は…」
「やってください。健康にだけは自信があります」
 ためらうことなく、私は言った。
 この世に未練などない。
 マリエのためなら、たとえ脳だけになってもかまわない。
「そうですか。それではこちらへ」
 そしてー。
 数時間後、私の解体ショーは始まったのだ。

 深夜だというのに、歓楽街は昼間並みの人出だった。
 新しい身体は長距離の移動に向いておらず、私はすでにへとへとだった。
 人工心肺を備えているから全身が水没しない限り死ぬことはないが、疲れるのは人間だった時以上である。
 ようやくのことで、マリエの兄とやらが勤めているというホストクラブが見えてきた。
 ここを教えてくれたのは、あの闇金の兄ちゃんだ。
 変わり果てた私の姿に同情して、マリエについて色々調べてくれたのである。
 その結果、わかったのは、マリエが嘘をついていた、という事実だった。
 マリエが貢いでいる相手は、彼女の兄などではなく、赤の他人ー。
 ホス狂とでもいうのだろうか。
 マリエはひとりのホストに入れ込み、私のような哀れな中高年男性からお金を巻き上げては、渡していたのだ。
 張り込んでいると、若い男にしなだれかかった若い女が、店の中から姿を現した。
 着飾っているが、マリエだとすぐにわかった。
 私はモーターを起動させ、その前に停止した。
「なんだ、この箱」
 いかにもチャラそうな若い男が言った。
「邪魔だな。誰だよ、道の真ん中にこんなの置いたのは」
「マリエ」
 私はラッパ型の人工発声器官を伸ばして、マリエに話しかけた。
「マリエ、覚えてるかい? 私だ。1000万は受け取ってくれたかな?」
 濃いメイクで別人のようになった顔で、マリエが私を見下ろした。
 信じられない、といった表情がそこに浮かんだ。
 おじさん?
 そう動きかけた口が、いきなり恐怖に歪んだかと思うと、
「捨てて」
 吐き捨てるように、そう叫んだ。
「誰かこのキモい箱、捨てちゃってよ!」
 店の周りにたむろしていた若者たちがわらわらと寄ってきた。
「なんだ? このおもちゃ?」
「ブリキの箱にタイヤと拡声器かよ」 
「爆弾とかだったりして」
 担ぎ上げられた。
「やめろ!」
 叫んでみたが、私に手足はなく、抵抗のしようがなかった。
 水音から、橋の上にさしかかったことがわかった。
「いいのか? あの箱、なんかさっきおまえの名前、呼んでたけど」
 ホストの声。
「いいから捨てちゃって」
 それに答えるマリエの言葉は、氷の刃のようだった。
「マリエ、愛してる…」
 それが最後だった。
 次の瞬間ー。
 私は冬の冷たい川底に、他のガラクタと同様、ただぶざまに転がっていた。
 
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