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第165話 頂き女子(後編)
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生き別れの兄…?
初耳だった。
冷静に考えれば、明らかに怪しい話である。
けれど、マリエを失うかもしれないという恐怖が、私のなけなしの理性を失わせてしまっていた。
「1000万円なんて、普通の人には絶対無理だもんね…」
うなだれ、悲しげにつぶやくマリエ。
「いいよ、マリエが自分でなんとかする」
やがて、決心したように、そう言った。
「なんとかするって…どうやって?」
おそるおそるたずねると、
「そのヤクザさん、いくつか風俗のお店持ってるから、たとえばそこで働いて少しずつ返すとか…」
「風俗って…?」
「デリヘルとか、ソープとか、たしか、そっち系、だったと思う」
「ダメだよ」
私は声を荒げた。
「そんなの、身体を売るってことじゃないか!」
私の大声に、周囲の客たちの会話が一瞬、止まった。
「だって、しょうがないでしょ…。マリエ、どうしても、お兄ちゃん、助けてあげたいんだもん」
幼い頃、両親に虐待されていたマリエを身を挺してかばってくれたのが、3つ違いのその兄だったのだという。
「わかった」
気がつくと、私はそう口走っていた。
「僕がなんとかする」
当てはない。
しかし、マリエを、そんな目に遭わせるわけにはいかなかった。
マリエは純粋な身体と心の持ち主だ。
いわば、私にとっての天使と言っていい。
その天使を、たかがお金のためだけに、汚させてなるものか。
「なんとかって…?」
マリエが上目遣いに私を見た。
「1000万円だよ? おじさん、そんなあて、あるの?」
「退職金を前借りするよ。足りなければサラ金で借りる。それでなんとかなるはずだ」
「ほんと?」
「ああ。マリたんはなんにも心配することないから。お金ができ次第、連絡する」
「期限…今月いっぱい、なんだけど…」
「今月、いっぱい…?」
一瞬、目の前が暗くなった。
そもそも、勢いで言ってみたものの、派遣社員の身で、退職金の前借りなんて、できるはずがない。
第一、非正規に近い私の立場で、退職金など出るかどうかも怪しいのだ。
少し前に、テレビで見たニュースを思い出す。
今冬の大企業のボーナス支給額の平均は、数年ぶりに90万を超えたという。
まったく、どこの世界の話かと思う。
日本国民のGDPは4位に下がり、国民は貧困へまっしぐらではなかったのか。
同じ時間働いても、こちとら、その10分の1ももらえればいいほうなのに…。
「無理、しなくていいよ。マリエ、おじさんには、十分感謝してるから」
弱々しくマリエが微笑んだ。
「マリエがこうして生きていられるのも、もとはといえば、おじさんのおかげなんだから」
その言葉が、私の決意を固くした。
「大丈夫。なんとかする」
知らぬ間に立ち上がっていた。
テーブルについた手がぶるぶる震えている。
皿を下げ来たウェイトレスが驚いて目を丸くする。
「本当?」
私を見上げるマリエの大きな瞳に希望の灯がともった。
「おじさんのこと、信じていいんだね?」
ーつづくー
初耳だった。
冷静に考えれば、明らかに怪しい話である。
けれど、マリエを失うかもしれないという恐怖が、私のなけなしの理性を失わせてしまっていた。
「1000万円なんて、普通の人には絶対無理だもんね…」
うなだれ、悲しげにつぶやくマリエ。
「いいよ、マリエが自分でなんとかする」
やがて、決心したように、そう言った。
「なんとかするって…どうやって?」
おそるおそるたずねると、
「そのヤクザさん、いくつか風俗のお店持ってるから、たとえばそこで働いて少しずつ返すとか…」
「風俗って…?」
「デリヘルとか、ソープとか、たしか、そっち系、だったと思う」
「ダメだよ」
私は声を荒げた。
「そんなの、身体を売るってことじゃないか!」
私の大声に、周囲の客たちの会話が一瞬、止まった。
「だって、しょうがないでしょ…。マリエ、どうしても、お兄ちゃん、助けてあげたいんだもん」
幼い頃、両親に虐待されていたマリエを身を挺してかばってくれたのが、3つ違いのその兄だったのだという。
「わかった」
気がつくと、私はそう口走っていた。
「僕がなんとかする」
当てはない。
しかし、マリエを、そんな目に遭わせるわけにはいかなかった。
マリエは純粋な身体と心の持ち主だ。
いわば、私にとっての天使と言っていい。
その天使を、たかがお金のためだけに、汚させてなるものか。
「なんとかって…?」
マリエが上目遣いに私を見た。
「1000万円だよ? おじさん、そんなあて、あるの?」
「退職金を前借りするよ。足りなければサラ金で借りる。それでなんとかなるはずだ」
「ほんと?」
「ああ。マリたんはなんにも心配することないから。お金ができ次第、連絡する」
「期限…今月いっぱい、なんだけど…」
「今月、いっぱい…?」
一瞬、目の前が暗くなった。
そもそも、勢いで言ってみたものの、派遣社員の身で、退職金の前借りなんて、できるはずがない。
第一、非正規に近い私の立場で、退職金など出るかどうかも怪しいのだ。
少し前に、テレビで見たニュースを思い出す。
今冬の大企業のボーナス支給額の平均は、数年ぶりに90万を超えたという。
まったく、どこの世界の話かと思う。
日本国民のGDPは4位に下がり、国民は貧困へまっしぐらではなかったのか。
同じ時間働いても、こちとら、その10分の1ももらえればいいほうなのに…。
「無理、しなくていいよ。マリエ、おじさんには、十分感謝してるから」
弱々しくマリエが微笑んだ。
「マリエがこうして生きていられるのも、もとはといえば、おじさんのおかげなんだから」
その言葉が、私の決意を固くした。
「大丈夫。なんとかする」
知らぬ間に立ち上がっていた。
テーブルについた手がぶるぶる震えている。
皿を下げ来たウェイトレスが驚いて目を丸くする。
「本当?」
私を見上げるマリエの大きな瞳に希望の灯がともった。
「おじさんのこと、信じていいんだね?」
ーつづくー
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