超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

第164話 頂き女子（中編）

　女性に「好き」と言われたのは生れてはじめてだった。
　しかも、ホームレス同然の状態とはいえ、18歳の少女に、である。
　私はいともたやすく舞い上がった。
　自分が18歳の時のことを思い出す。
　高校3年生のその頃、私はクラスカーストの外にいた。
　恋人どころか友人もいない、幽霊のような存在だ。
　いや、幽霊のほうが認識されるだけまだましだろう。
　クラスメートや教師たちにとって、私は透明人間、あるいは空気のような存在だったのだ。
　その私に、60歳近くなって、まさかこんな出会いがやってくるとは…。
　むろん、警戒はした。
　この時代、美人局、恋愛詐欺、可能性は色々ある。
　だが、私に『失って困るものがない』のも確かだった。
　定年退職間際で独身。
　親もいなければ兄弟とも疎遠。
　今はかろうじて派遣社員として働いているから職場で最低限の会話は成立しているが、これがあと数年たつと確実に絶対0度の孤独がやってくる。
　何日も何日も誰とも会話しない地獄のような生活が、すぐそこで私を待ち受けているのだ。
　そんな考えが心のどこかにあったからだろう。
　その日から私は毎日のようにマリエと会った。
　マリエと知り合う前、推しのアイドルに注ぎ込んでいた資金は、すべてマリエに充てることにした。
　最初の一か月は楽しかった。
　マリエは特に何を要求するわけでもなく、私と一緒に食事をしたり映画を見たりすることで満足しているようだったからだ。
　むろん、身体の関係はなかった。
　それどころか、キスも、手をつなぐことさえも。
　けれど、私にはそれで十分だった。
　死ぬまで、このままの関係が続けばいいと本気で祈っていた。
　だがー。
　そんなマリエが変わったのは、出会って一か月経った、ある日のことである。
　その日、マリエは最初から顔色が冴えず、口数も少なかった。
　小柄なのに食欲旺盛なのが彼女のとりえのひとつなのだが、大好物のハンバーグ定食も残す始末だった。
　あまつさえ、冷めたカフェラテを一口飲んでは、うつろな目を宙に注いで深いため息をついている。
「どうしたの？　何かあったの？　悩み事なら訊くよ。言っただろ、なんでも力になるって」
「ん～」
　その言葉に、この日初めてマリエが私を正面から見つめてきた。
　小づくりな顔にアーモンド形の猫目。
　あどけなさの底につらい日々を生き抜いてきた疲れというか翳のようなものが潜んでいる。
「ん～、やっぱり、言えないよ」
「何が？　言ってみなよ。マリたんのためなら、どんなことでも、相談に乗ってあげるから」
　前のめりになって、私は言い募った。
　自分がムキになっているのがわかった。
　その反面、頭の片隅で冷静なもう一人の自分が警告を発していた。
　ー来たぞ、気をつけろ、この女、とうとう正体を…。
　ーうるさい！
　私は己の”正気”の部分を無理やりねじ伏せた。
　ーうるさい！　だまってろ！　今の俺はマリたんのために生きてるんだ！
「でもお…おじさんじゃ、無理だと思うからあ」
　視線をそらして、小声でマリエが言った。
「マリエのお兄ちゃん、ホストやってるんだけどね、つい最近、悪いやくざに引っかかって、1000万円払えって、脅されてるんだって。マリエ、もともと、お兄ちゃんに会うためにこの街に出てきたの。お兄ちゃんとは、パパとママが離婚するときに、生き別れになってて…。そのお兄ちゃんから、きのう、久しぶりに連絡があったんだ」