上 下
163 / 432

第163話 頂き女子(前編)

しおりを挟む
 私がマリエと出会ったのは、暮れも押し迫る年の瀬の繁華街だった。
 その時のマリエはホームレスの一歩手前といったありさまで、歩道に新聞紙を敷き、両膝を抱えて蹲っていた。
 足元には、
 ーきのうからなにもたべてません。たすけてくださいー
 と殴り書きされた段ボール紙の切れ端が置いてあるだけで、縮こまった身体の横にはリュックがひとつ。
 汚れてはいるものの、セーラー服を着ていることから高校生くらいだろうと思われた。
 が、そんな彼女を目にしても、立ち止まろうとする者はいない。
 年末の夜で忙しいせいもあるだろうが、通行人たちはみな足早に通り過ぎていくばかり。
 私も一度は前を通り過ぎたのだが、逡巡の末、結局戻ってきてしまった。
 私の場合、家に帰っても、待ってくれている家族は誰もいない。
 定年間近にして独身だし、両親もすでに他界してこの世にいなかった。
 今年もいつものように、絶望的に孤独な年越しか。
 そう実感して、うそ寒い気分に陥りかけていたところだったのだ。
「あ、あの、よかったら、な、何か食べに行こうか」
 子供とはいえ、仕事以外で女性に自分から話しかけるなんて、何十年ぶりだろう。
 そんな自分を恥じながら反応を待っていると、少女が蝋人形のように白い顔を上げて猫みたいな眼で私を見た。
「ほんと?」
 意外にあどけない表情に、私はその瞬間、心の奥底で眠っていた柔らかい部分をぎゅっとつかまれるのを感じないではいられなかった。

 少女はマリエとだけ、名乗った。
 両親が離婚し、どちらにも引き取ってもらえず、一か月前に都会に出てきたのだという。
 以来ずっとネットカフェを泊まり歩いていたが、昨日ついにお金がなくなり、仕方なく今朝から乞食まがいの手段に出ることにした…。
 そんな悲惨な身の上話を、すごい勢いでハンバーグ定食を平らげながら、生来の舌ったらずの妙なしゃべり方でとつとつと語ってくれたものだった。
 18歳という割には体つきも顔つきも幼く、中学生のように見えた。
 食事の後、泊まるところはどうすると訊くと、ネットカフェに戻りたいと言うので、いくらかまとまったお金を持たせてやった。本当は家に呼んで泊めてやりたかったのだが、それを言い出す勇気が出なかったし、何より身体目当てと思われるのがいやだった。それに、マリエは見るからに未成年だったから、法に触れる可能性もある。
「困ったらいつでも連絡してよ」
 連絡先を交換しながら私は言ったものだ。
「僕にできることならなんでもするから」
 今どきの子らしく、マリエはスマートフォンだけは一人前に持っていたからである。
「うんっ」
 満腹して上機嫌な顔になった少女は元気よくうなずいた。
「おじさん、好きだよ。明日も会えるといいな」
 
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

意味がわかると怖い話ファイル01

永遠の2組
ホラー
意味怖を更新します。 意味怖の意味も考えて感想に書いてみてね。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

少年達は淫らな機械の上で許しを請う

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...