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第142話 無断欠勤

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 私の同期の飯山さんが欠勤した。
 しかも、一日二日のことではない。
 一週間、会社に来ないのだ。
 電話にも出ないし、LINEしても既読がつかないらしい。
「黒木さん、君、彼女と同期だよね。ちょっと家まで見に行ってくれないか」
 ある日、見るに見かねて、課長が私に言った。
「万が一ってこともある。報告さえしてくれれば、きょうはそのまま上がってくれていいから」
「は、はい」
 二つ返事でOKした。
 まだ午前中なのに仕事から解放されるなんて、ラッキーとしかいいようがない。
 しかも、どうだったか、報告さえ入れれば、直帰できるときている。
 私はそそくさと会社を出た。
 課長に教えられた住所のメモを頼りに、バスに乗った。
 バスに揺られながら、飯山さんについて思いを馳せる。
 飯山さんの印象は、一言で言ってしまえば、すごく地味、これに尽きる。
 寡黙で気弱、存在感が薄く、たまにある課の飲み会でも、ほとんどしゃべらない。
 痩せていて髪が長いので、口の悪い男性社員たちは、彼女を陰で有名ホラー映画の化け物の名で呼んでいる。
 そんな飯山さんだったけど、ひとつだけ、印象に残ることがあった。
 これは普段からにおいに敏感な私だけなのかもしれないが、彼女、かなり”臭う”のである。
 血なまぐさい臭い、というかー。
 はっきり言えば、経血の臭いである。
 女性なのだから、月一度、そうなってしまうのは、仕方がない。
 誰にもあることだし、むろん、私自身も例外ではないからだ。
 けれど、彼女の場合は、度を越していた。
 そばに行くと、毎日臭うのである。
 血の匂いが。
 できれば嗅ぎたくない、でも、女なら否が応でも嗅がなくてはならない、おなじみの、呪われたあの匂いが…。

 飯山さんの家は、街はずれにある、雑木林と畑に囲まれた古い一軒家だった。
 女の子ひとり、今にも崩れそうな木造の平屋を、借りて住んでいるらしい。
 玄関扉に鍵はかかっていなかった。
「飯山さ~ん?」
 中に首をつっ込んでおそるおそる声をかけてみたが、反応はない。
 薄暗い家の中は物音ひとつせず、嗅ぎ慣れたあの匂いだけが、かすかに漂っている。
 その匂いで、改めて、ああ、ここは彼女の家なんだな、と確信する。
 ここで踵を返し、帰ってもよかったが、鍵がかかっていないことが気になった。
「おじゃましま~す」
 三和木に上がり、正面のふすまを開けて、絶句した。
 目の前に現れたのは、ごみに埋もれた和室だった。
 カップラーメンの容器、コンビニ弁当の空箱、ティッシュの山、ポリ袋、脱ぎ散らかされた服や下着…。
 見回してみると、廊下にもゴミがあふれかえっている。
 うなじの産毛がぞわっと逆立つのが分かった。
 典型的なゴミ屋敷。
 彼女はゴミに埋もれるようにして暮らしていたのだ。
「飯山さ~ん、いるの?」
 嫌な予感と闘いながら、ゴミを踏まないよう、足元に注意しつつ、奥へ奥へと入っていく。
 部屋は三つあったけど、そのどこにも彼女の姿はなかった。
 少しほっとした。
 いないのだ。
 ならば、ここらで切り上げて・・・。
 が。
 私は気づいてしまった。
 あと一か所、まだ見ていない場所がある。
 そう…。
 浴室だ。
 浴室は、廊下の突き当り。
 一応、見てみるか。
 ただ、中をのぞくだけなら…。
 近づくと、あの匂いが濃くなった。
 いやな予感が強くなる。
 できればここで帰りたい。
 そう思うのに、手は勝手にアコーディオンカーテンを引いていた。
 浴槽があった。
 蛇腹式のプラスチックのフタがしてある。
 今や経血の匂いは、むせかえるほど濃くなっている。
「飯山、さん?」
 こわごわ、フタの端に手をかけた。
 隙間から、何か黒いものが見えた。
 浴槽の中で、何かがもぞもぞ蠢いている。
 何?
 思い切って、フタを取り払った。
 瞬間ー。
 私は悲鳴を上げていた。
 浴槽を埋め尽くす、おびただしい数のゴキブリ。
 ざわざわ蠢くおぞましい虫たちの間から、蒼ざめた飯山さんの顔が、うつろな目でこちらを見つめていた…。
 
 
 
 
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