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第138話 呪われた掛け軸
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修学旅行でY県に行った。
最終日の夜泊まった旅館は妙に古びた和風建築で、お化けが出そうな雰囲気にみんな大いに盛り上がった。
深夜、布団に潜り込んで恋バナやら怖い話やら他人の悪口に花を咲かせていると、突然サキが言った。
「ねえあれ、何の絵だと思う?」
サキの布団は壁際に敷かれていて、すぐ横が少し引っ込んだ床の間だ。
サキが指さしているのは、そこにかかっている掛け軸だった。
水墨画、というやつなのだろうか。
白い背景に、なんだかもわっとした煙みたいなものが描かれている。
「うわあ、なんかキモい。人間、じゃないよね。幽霊かな」
自分の布団からサキのほうに身を乗り出して葵がコメントすると、
「うちにはでっかい蚊か蜂に見えるんだけど」
頬杖をついて、サキが答えた。
言われてみれば確かにそうである。
掛け軸の左側から右側にかけて、何もない空間に覆いかぶさるようにして背中を丸めた黒い影は、お尻の針を獲物に突き刺そうとしているスズメバチに見えないこともない。
「でもこれ、江戸時代とか室町時代とか、けっこう古い絵なんでしょ。虫なんか題材にするかなあ」
「鳥獣戯画なんてのもあるし、蚊や蜂の絵くらい、そりゃアリでしょ」
「掛け軸に封じ込められた魔物とかだったりして」
「ちょっと、やめてよ」
JKというのは現金な生き物で、ひとしきり笑い合うと、その数分後には私たち全員すやすや寝息を立てていた。
どれほど時間がたったのか。
何かの気配にふと目が覚めた。
ん?
床の間のほうに、何かいる。
音がしないように布団の中で身体を反転させると、異様な光景が視界に飛び込んできた。
サキの布団の上に、何か大きなものがかがみこんでいる。
あれは…?
正体に気づいて、背筋を悪寒が駆け抜けた。
掛け軸の絵だ。
その証拠に、床の間の掛け軸は、絵が抜け出たあとみたいに、一面真っ白だった。
やばいっ!
私は布団の中に潜り込んだ。
見つかったら、私も殺される!
その恐怖で、気配がなくなるまで、布団の中でガタガタ震えていた…。
翌朝。
何の別条もなく、サキは生きていた。
あれは何だったの?
訊きたくても訊けないまま、旅行は終わった。
そのうち、サキは学校に来なくなった。
そのサキについて、不穏なうわさが流れ始めたのは、修学旅行から3か月ほど経った頃からだ。
町はずれの産院の玄関口で、母親に連れられたサキを見かけた、というのである。
私の脳裏に、あの時の光景がフラッシュバックした。
そしてもうひとつー。
子宮の中で眠る、胎児ならぬ大きな白いウジ虫の映像が…。
最終日の夜泊まった旅館は妙に古びた和風建築で、お化けが出そうな雰囲気にみんな大いに盛り上がった。
深夜、布団に潜り込んで恋バナやら怖い話やら他人の悪口に花を咲かせていると、突然サキが言った。
「ねえあれ、何の絵だと思う?」
サキの布団は壁際に敷かれていて、すぐ横が少し引っ込んだ床の間だ。
サキが指さしているのは、そこにかかっている掛け軸だった。
水墨画、というやつなのだろうか。
白い背景に、なんだかもわっとした煙みたいなものが描かれている。
「うわあ、なんかキモい。人間、じゃないよね。幽霊かな」
自分の布団からサキのほうに身を乗り出して葵がコメントすると、
「うちにはでっかい蚊か蜂に見えるんだけど」
頬杖をついて、サキが答えた。
言われてみれば確かにそうである。
掛け軸の左側から右側にかけて、何もない空間に覆いかぶさるようにして背中を丸めた黒い影は、お尻の針を獲物に突き刺そうとしているスズメバチに見えないこともない。
「でもこれ、江戸時代とか室町時代とか、けっこう古い絵なんでしょ。虫なんか題材にするかなあ」
「鳥獣戯画なんてのもあるし、蚊や蜂の絵くらい、そりゃアリでしょ」
「掛け軸に封じ込められた魔物とかだったりして」
「ちょっと、やめてよ」
JKというのは現金な生き物で、ひとしきり笑い合うと、その数分後には私たち全員すやすや寝息を立てていた。
どれほど時間がたったのか。
何かの気配にふと目が覚めた。
ん?
床の間のほうに、何かいる。
音がしないように布団の中で身体を反転させると、異様な光景が視界に飛び込んできた。
サキの布団の上に、何か大きなものがかがみこんでいる。
あれは…?
正体に気づいて、背筋を悪寒が駆け抜けた。
掛け軸の絵だ。
その証拠に、床の間の掛け軸は、絵が抜け出たあとみたいに、一面真っ白だった。
やばいっ!
私は布団の中に潜り込んだ。
見つかったら、私も殺される!
その恐怖で、気配がなくなるまで、布団の中でガタガタ震えていた…。
翌朝。
何の別条もなく、サキは生きていた。
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訊きたくても訊けないまま、旅行は終わった。
そのうち、サキは学校に来なくなった。
そのサキについて、不穏なうわさが流れ始めたのは、修学旅行から3か月ほど経った頃からだ。
町はずれの産院の玄関口で、母親に連れられたサキを見かけた、というのである。
私の脳裏に、あの時の光景がフラッシュバックした。
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子宮の中で眠る、胎児ならぬ大きな白いウジ虫の映像が…。
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