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第21話 命の蝋燭(ろうそく)
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「ろうそくが消えかかってるんだよ」
昏睡状態の母の枕元で、祖母が言った。
「この村にはね、こんな言い伝えがある。お山の奥に、村人全員の命のろうそくを祀った祠があって、そこで燃えるろうそくの火が消えると、寿命が尽きるって」
「じゃあ、お母さんのろうそくは、もうすぐ…?」
私はこみあげる嗚咽をこらえ、祖母を見た。
「そうじゃ。最初から短かったのか、なにか不具合が起こってしもうたのか…。とにかく、それが敏子の寿命だったということじゃな」
母が職場で倒れ、床についたのは、10日ほど前のことである。
原因は脳腫瘍。
幸い、手術で一命はとりとめたものの、意識の戻らぬ状態が続いている。
医師の説明では、転移が内臓にまで広がっていて、余命は長くて半年。
私は涙でかすむ目を、やつれた母の顔に向けた。
女手一つで私と妹をここまで育て上げてくれた母である。
今度は私が恩返しする番だろう。
「わかったわ」
私は腰を上げた。
「その”命のろうそく”とやらが寿命を決めるっていうのなら、それを新品に取り替えればいいわけだね」
「何をする気じゃ? 摩耶、おまえ、まさか…?」
「そのまさかよ。ちょっと”お山”まで行ってくる。ろうそくなら、お仏壇のところにいくらでも新しいの、会ったよね」
「待て。人の寿命を勝手に変えることは許されぬぞ。やめておけ。敏子のことは残念だが、これも運命じゃ。神様の決めなすった決まりを破るんじゃない」
祖母は明らかに狼狽しているようだった。
そんな祖母に、私は吐き捨てるように言った。
「何が神様よ。母さんが、何をしたっていうの? ただ一生懸命生きてきただけじゃない! 私は認めない! こんなひどい運命なんて!」
そうして私は”お山”に向かった。
土葬の習慣の残る”離れ”の集落を越え、沢を渡り、うっそうと茂る針葉樹林の奥の奥まで進んだ。
祠を発見したのは、陽が沈む直前である。
不思議と怖くはなかった。
狭い洞窟を突き当りまで歩くと、そこは祭壇を配した広場になっていて、地面にずらりとろうそくが並んでいた。
燃えているものがほとんどだが、中には短くなって炎が消えかけているものや、すでに消えてしまっているものもある。
どれが母のものかわからないので、消えかけているろうそくはみんな新品と交換してやることにした。
数えてみると、10本くらいしかなかったから、余分に持ってきたろうそくで間に合いそうだった。
新しいろうそくに100円ライターで火をつけ、私は満足の吐息を漏らした。
祭壇の周りは最初見た時より、ずっと明るくなっている。
祖母の言葉が正しいなら、これで母は元気になるに違いない。
苦労して、お山を下りた。
暗くなっていたが、大型の懐中電灯を持参していったのが、功を奏した。
へとへとになりながら、家に帰りついた時だった。
玄関の戸がガラっと開いて、顔面蒼白の祖母が転がり出てきた。
「摩耶、おまえ、なんということを!」
そして、その背後から現れたのは…。
両手を前に突き出し、白濁した眼球を眼窩から飛び出させた不気味な人影。
変わり果てた母だった。
母は祖母に飛びかかると、首筋に食らいつき、鋭い牙で肉を引き裂き始めた。
その時になって、私は己の過ちに気づいた。
短くなったろうそくを新品に取り替える時、私はろうそくを抜いてしまった。
おそらくその瞬間、母は一度死んだのだ。
そして、新たなろうそくを立て、火をつけた時、蘇生した。
そう、死体のままで…。
村のあちこちから、悲鳴が上がるのが聞こえてきた。
それは、10人の生ける屍が村人を襲い始めた証拠だった。
昏睡状態の母の枕元で、祖母が言った。
「この村にはね、こんな言い伝えがある。お山の奥に、村人全員の命のろうそくを祀った祠があって、そこで燃えるろうそくの火が消えると、寿命が尽きるって」
「じゃあ、お母さんのろうそくは、もうすぐ…?」
私はこみあげる嗚咽をこらえ、祖母を見た。
「そうじゃ。最初から短かったのか、なにか不具合が起こってしもうたのか…。とにかく、それが敏子の寿命だったということじゃな」
母が職場で倒れ、床についたのは、10日ほど前のことである。
原因は脳腫瘍。
幸い、手術で一命はとりとめたものの、意識の戻らぬ状態が続いている。
医師の説明では、転移が内臓にまで広がっていて、余命は長くて半年。
私は涙でかすむ目を、やつれた母の顔に向けた。
女手一つで私と妹をここまで育て上げてくれた母である。
今度は私が恩返しする番だろう。
「わかったわ」
私は腰を上げた。
「その”命のろうそく”とやらが寿命を決めるっていうのなら、それを新品に取り替えればいいわけだね」
「何をする気じゃ? 摩耶、おまえ、まさか…?」
「そのまさかよ。ちょっと”お山”まで行ってくる。ろうそくなら、お仏壇のところにいくらでも新しいの、会ったよね」
「待て。人の寿命を勝手に変えることは許されぬぞ。やめておけ。敏子のことは残念だが、これも運命じゃ。神様の決めなすった決まりを破るんじゃない」
祖母は明らかに狼狽しているようだった。
そんな祖母に、私は吐き捨てるように言った。
「何が神様よ。母さんが、何をしたっていうの? ただ一生懸命生きてきただけじゃない! 私は認めない! こんなひどい運命なんて!」
そうして私は”お山”に向かった。
土葬の習慣の残る”離れ”の集落を越え、沢を渡り、うっそうと茂る針葉樹林の奥の奥まで進んだ。
祠を発見したのは、陽が沈む直前である。
不思議と怖くはなかった。
狭い洞窟を突き当りまで歩くと、そこは祭壇を配した広場になっていて、地面にずらりとろうそくが並んでいた。
燃えているものがほとんどだが、中には短くなって炎が消えかけているものや、すでに消えてしまっているものもある。
どれが母のものかわからないので、消えかけているろうそくはみんな新品と交換してやることにした。
数えてみると、10本くらいしかなかったから、余分に持ってきたろうそくで間に合いそうだった。
新しいろうそくに100円ライターで火をつけ、私は満足の吐息を漏らした。
祭壇の周りは最初見た時より、ずっと明るくなっている。
祖母の言葉が正しいなら、これで母は元気になるに違いない。
苦労して、お山を下りた。
暗くなっていたが、大型の懐中電灯を持参していったのが、功を奏した。
へとへとになりながら、家に帰りついた時だった。
玄関の戸がガラっと開いて、顔面蒼白の祖母が転がり出てきた。
「摩耶、おまえ、なんということを!」
そして、その背後から現れたのは…。
両手を前に突き出し、白濁した眼球を眼窩から飛び出させた不気味な人影。
変わり果てた母だった。
母は祖母に飛びかかると、首筋に食らいつき、鋭い牙で肉を引き裂き始めた。
その時になって、私は己の過ちに気づいた。
短くなったろうそくを新品に取り替える時、私はろうそくを抜いてしまった。
おそらくその瞬間、母は一度死んだのだ。
そして、新たなろうそくを立て、火をつけた時、蘇生した。
そう、死体のままで…。
村のあちこちから、悲鳴が上がるのが聞こえてきた。
それは、10人の生ける屍が村人を襲い始めた証拠だった。
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