リバース醜少女戦士 玉 

戸影絵麻

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#10 魔女狩り③

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 くどいようだが、2時間目は玉の最も苦手とする体育である。
 そして、問題はまず、その体操着にあった。
 時代錯誤というのか…。
 ここ、希望が丘中学校の女子の体操着は、なぜが時流に逆らって下がブルマなのだ。
 それも、昭和のスポコンアニメに登場するような、下半身にぴったりフィットした赤ブルマなのだった。
 これがまだ、せめて膝まであるハーフパンツなら、しっぽを隠すのも容易だっただろう。
 しかし、ブルマはいけない。
 下手をすると、しっぽが外に飛び出してしまう。
 放課は、10分間しかなかった。
 男子は教室を追い出され、周囲では早くも女子たちが着換えを始めている。
 必死に知恵を絞った挙句、玉は妙案を思いついた。
 外に飛び出ないように、しっぽを絆創膏で尻に貼りつけてしまえばいいのだ。
 確か一枚、リュックのポケットに入っていたはず…。
 祈るような思いで探ると、あった。
 目立たぬよう、椅子に座ったまま、そろそろと後ろに手を回す。
 パンツから飛び出してブラウスの中に潜り込んでいるしっぽを捕まえ、折り曲げてパンツの中に戻した。
 大腸には痛覚がないのか、そうしても別に痛くはない。
 蚊取り線香みたいな形に巻くと、慎重に慎重を重ねて、絆創膏で尾てい骨に貼りつけた。
 急いで腰にバスタオルを巻き、スカートを脱ぎ捨ててブルマに穿き替える。
「早くしなよ! おせーよ、おったま」
 出がけに女生徒たちが、玉の頭を平手で叩いたり肘でこづいたりしていった。
 これもいつもの儀式である。
 全員が教室を出ていくと、ひとり残された玉は、肩で大きくため息をついた。
 まずは第一関門突破。
 あとは、体育の時間中に、絆創膏がはがれないのを祈るばかり。
 ちなみに、体操着に着替えた玉は、マッチ棒に似ている。
 顔が丸く、体がやせているせいだ。
 だから、色気はかけらもない。
 いくらいじめられても、性的な被害を被らないのはそのためだった。
 マッチ棒に欲情する者はいない。
 そういうことなのだ。

 体育館に着いたのは、始業3分前のことだった。
 まだ体育教師が来ていないのをいいことに、クラスメートたちが三々五々固まって、だらだらだべっている。
 磨き抜かれた木製の床の突き当りにはステージがあり、前方に張り出したその上の壁には、額縁に入った写真が飾られている。
 入口のところでで立ち止まると、玉は憧憬をこめたまなざしで、その写真を見上げた。
 飾られている写真の主は、天皇陛下でも、校長でもない。
 ふんわりとカールした髪の毛。
 黒目がちな大きな眼。
 絶妙なバランスを保って配置された、ほどよいサイズの目鼻口。
 その少女こそは、今は亡きこの学校出身のアイドル歌手、春風小夏その人だった。
 10年前、『私のエクスタシー』で衝撃デビューを果たし、歌番組の新人賞を総なめした幻のアイドルである。
 その春風小夏は、デビュー1年で自殺した。
 場所はこの体育館。
 バスケットボールのゴールポストから垂らしたロープで、首を吊ったのだ。
 動機は、今になっても不明のままだ。
 ドラマで共演したベテラン俳優に弄ばれ、捨てられた。
 まことしやかにそんなうわさが流れた時期もあったが、真相は定かではない。
 ともあれ、そんなわけで、春風小夏の遺影はここに飾られており、希望が丘中学の生徒たちをいつもじっと見下ろしているのだった。
 が、さすがに慣れてしまったのか、生徒たちの間で、今時彼女の遺影に注目する者はいない。
 夏になると、毎年のように小夏の幽霊が出るというデマが流れ、この体育館が秘密の肝試しの舞台になるくらいのものである。
 が、玉だけは、別だった。
 入学式で初めてお目にかかって以来、玉は小夏に憧れている。
 あんな素敵な顔になれたら。
 そう、いつも思ってきた。
 それが最近では、
 私が代わりに死ねばよかったんだ。
 そんな思いに変わってきている。
 小夏ちゃんが死んで、何万人ものファンが悲嘆に暮れ、中には後追い自殺した者までいると聞いている。
 死んだのが私なら、誰も悲しまずに、済んだのにね…。
 そう思うのだ。
 世の中は不公平。
 価値のない者だけが生き残り、惜しまれる者が先に死んでいく。
 そこまで思考を巡らせ、目をウルウルさせている時だった。
「おい、そこのおったま! 何ぼーっとしてる? もう、授業始まってるぞ!」
 体育教師の暴言が、ほとんど物理的な圧力と化して玉の小さな頭部を張り飛ばした。



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