リバース醜少女戦士 玉 

戸影絵麻

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#8 魔女狩り①

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 市立希望が丘中学校。
 玉にとり、こんな皮肉な名前の学校もない。
 せめて、”絶望が丘”という名前なら、まだ我慢して通う気にもなるというものを…。
 そんなことを考えながら、人目を忍ぶように小走りで正門を駆け抜けた時である。
 校舎の正面玄関の上に張られた真新しい横断幕を一目見るなり、玉の丸い顔はぴくぴくひきつった。
『全校美化月間』
 横断幕には、極太の赤い文字でそうプリントされている。
 冷静に考えれば、新学年スタートのこの時期、これはごく当たり前の標語であると言っていい。
 なのに、どうしてだか、すごく嫌な予感がした。
 透き通るような青空の下、次々に生徒たちを飲み込んでいくその正面玄関が、玉には地獄への入口に見えた。
 いつものことではある。
 だが、なぜだか今朝は、その印象がいつにも増して強いのだ。
 そして、その予感は、クラスの朝のホームルームで的中した。
「美化委員から、重大なお知らせがあります」
 いきなり背の高いグラマーな女子が颯爽と手を上げたかと思うと、大股に教壇に進み出て、そう言ったのだ。
 登壇したのは、クラスカーストの頂点に立つ美少女、長沢メル。
 思いっきりミニ丈にしたスカートから、艶めかしい太腿が伸び、ブラウスの胸ははちきれんばかりに膨らんでいる。
「今月は、全校美化月間です。美化というと、校内の清掃を思い浮かべる方がほとんどだと思いますが、真に学校を美しくするためには、それだけでは足りません。校内だけでなく、全校生徒をも美化すること、それがこの美化月間の狙いなのです」
 メルの大きな瞳が自分のほうを見ている気がして、玉は亀の子のように首を縮め、目を合わせないようにうつむいた。
 玉の席は相変わらず乱雑である。
 机には所狭しと悪口のメモが貼りつけられている。
 いくらはがしても放課のたびに増えていくので、今はもう放置することにしているのだ。
「服装の取り締まりなら、風紀委員の仕事だろ?」
 誰かが言った。
「なんで美化委員が出てくるわけ?」
「私たちがチェックするのは、服装の乱れではありません。清潔感、それから、美醜。そのふたつです」
「美醜って、どういうこと? まさか、ブスやブサメンを取り締まるとか?」
 冗談半分で別の誰かが言うと、クラス中に笑いの渦が沸き起こった。
 が、メルの返答は、衝撃的なものだった。
「そのまさかです。基準以下の容姿の者には、適切なアドバイスを与え、改善の余地がなければそれ相応のペナルティを課す。これが私たち、新世代の美会員の任務です。ちなみのこの案は、すでに生徒会や職員会議も通っています。東京オリンピックを目前に、来月にはオハイオ州の中学校との交換留学も決まっています。醜いものを、これ以上校内に残しておくわけにはいかないのです」
 ざわめきが消え、水を打ったように静まり返る教室内。
「魔女狩りか」
 ぼそりと誰かが言った。
「おっかねえ」
 ひそひそ声がそれに続く。
「てことは、うちのクラスの生贄第一号は、もう決まりだな」
 その声に、全員が玉のほうを振り向いた。
 その目に浮かんでいるのは、断じて同情の色などではない。
 玉にはわかるのだ。
 それが、他人の不幸にわくわくせざるを得ない、人間本来の悪の色だということが。



 
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