リバース醜少女戦士 玉 

戸影絵麻

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#2 瀕死の猫

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 猫背の玉が今、ふらふら歩いているのは、交通量の多い国道だ。
 歩道は狭く、空気は排気ガスでいがらっぽい。
 玉の通う希望が丘中学校から家までは、優に5キロはあり、その長距離を重いリュックを背負って歩くのは、小柄でやせっぽちの玉にとって、ある意味相当な苦行である。
 本当は教科書類など学校に置いておきたいのだが、校則違反になるし、そんなことをしたらいじめグループに恰好の餌を与えるようなもの。
 だから毎日5、6教科の教科書や副教材を10冊以上背負って歩くしかない。
 4月中旬の、汗ばむような陽気である。
 新学期が始まり、クラス替えは行われたものの、玉へのいじめは収まらない。
 いじめるメンバーが多少入れ替わっただけで、相変わらず熾烈を極めていた。
 今朝は椅子に画鋲をまかれ、昼休みには背中に毛虫を入れられた。
 毛虫はまだしも、画鋲は痛かった。
 だからまだ尻がひりひりするし、トイレで見たらパンツに血の染みがついてしまっていた。
 玉にはそれが憂鬱である。
 下着を汚せば母が激怒する。
 帰ったら、見つからないよう、お風呂場でこっそり洗うしかない。
 そんな悩める玉の足が止まったのは、運河にかかる橋を渡り切った時のことだった。
 玉の、顔の両サイドに離れたつぶらな瞳が丸くなる。
 橋の下、河原沿いの歩道に白い物体が落ちていることに気づいたのだ。
「猫ちゃんだ…」
 目を凝らしてみると、最初の直感通り、それは白い毛皮に覆われた小さな生き物だった。
 玉は見かけは不細工だが、人並みにぬいぐるみが好きである。
 ただ、ひとつも持っていないのは、所有を母や兄弟が許してくれないからだ。
「おまえには似合わない」
 幼い頃何度もねだって、そのたびにそう叱られているうちに、玉はあきらめた。
 だからその分、登下校の時に遭遇する野良猫には目がないのである。
「ケガしてるのかな?」
 橋の下に降りるわき道を、急いで駆け下る。
 いつものっそりしている玉にしては、珍しく機敏な動きである。
 玉の痩せて尖った肩の上で、おさげ紙がぴょんぴょん跳ねる。
 白い生物に駆け寄るなり、玉はショックで棒立ちになった。
 それは明らかに死にかけていた。
 上半身はなんともないのだが、腰から下がぺちゃんこにひしゃげ、後足の間から赤い血が流れ出している、
 車道を渡ろうとして、大型トラックにでも轢かれたのだろう。
 そのはずみで吹っ飛ばされ、ここまで落ちてきたというわけだ。
「猫ちゃん、大丈夫?」
 傍らにしゃがみこむと、玉はそう声をかけた。
 なんとかしなくては。
 このままじゃ、死んでしまう。
 家に連れて帰る?
 でも、交通事故の時は、被害者の身体、動かしちゃいけないんじゃ?
 じゃ、救急車?
 だけど、ケガしてるのが猫でも、来てくれるだろうか?
「死なないで。しっかりして」
 考えがまとまらず、とりあえずもう一度そう声をかけた時、動物が丸い顔を上げた。
 上品なシャム猫を思わせる美しい顔。
 でも、猫と言い切るには、微妙に違和感がある。
 その違和感の正体が、その知性を宿した目だと気づいた時、それがおもむろに口を開いた。
「君はやさしいね。ほかの人間たちとは大違いだ」



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