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第10部 姦禁のリリス
#68 奪還③
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血潮がしぶき、驟雨のように杏里の顔に振りかかった。
「ぐわああっ!」
柘榴のように爆ぜた右肩をつかみ、井沢が絶叫する。
そこに、影が落ちた。
蝙蝠の翼のようにミニスカートをはためかせ、井沢の背後に由羅が着地したのだ。
「地獄に堕ちやがれ!」
後ろから両手で男の顔をつかむと、ミラーグラスごと、親指で両目を押し潰す。
レンズが割れ、押し潰された眼球が鮮血とともに流れ出す。
「あうううう!」
残った左手で両目を押さえて転げまわる井沢に向かって、由羅が頑丈なブーツを履いた右足を振り上げた。
「待ちな」
と、その時、マイクロバスの昇降口から、のっそりと腰の曲がった老婆が姿を現した。
三頭身の身体にアンバランスなほど大きな顔。
沼人形工房の主、沼真布である。
「ババア、裏切りやがったな!」
井沢にとどめを刺すのを中断し、由羅が老婆のほうを振り返った。
「目玉をつぶされちゃあ、その男はもはやただの役立たず。何も殺すことはあるまい」
老婆は由羅の激しい怒りにも動ずる気配を見せず、よちよちと歩いてくる。
「裏委員会だかなんだか知らないが、杏里を拉致してどういうつもりだ。てめえらみんな、うちが皆殺しに」
「だから待てと言うのに。由羅よ、あの世から戻ってきたはよいが、相変わらずじゃのう、その短気な性格は」
「な、なんだと?」
怖気づくこともなく、目と鼻の先に立った老婆をまじまじと見つめ、由羅が絶句する。
「ひとつ大事なことを教えてやろう。裏委員会の本部は、今危機に瀕している。リーダーの井沢がこのありさまでは、組織の壊滅は避けられぬかもしれぬ」
「零だね」
口をはさんだのは、重人だった。
その後ろに、念動力で井沢の右腕を引きちぎったルナが佇んでいる。
「そうだ。本部では、あの黒野零が杏里を探して暴走しているのじゃ。そして、わしらを逃がす時間を稼ぐために、井沢は囮を置いてきた」
「囮?」
由羅が太い眉を片方だけ吊り上げた。
「誰のことだ?」
「あ」
杏里は喉の奥で小さく叫んだ。
「いけない! いずなちゃんが!」
「そういうことか」
由羅が真布を睨んだ。
「そういえば、あんたらはいずなまで拉致監禁してたんだったな」
「わしは知らぬよ。やったのはこの男じゃ」
真布が顔面を朱に染めて失神している井沢を顎で示してみせた。
「どの道、急いだほうがよくはないかの。もしおまえたちが、そのいずなという子を助けたいならば」
「くそ、零のやつ」
由羅の瞳に、憎悪の火が灯るのがわかった。
「そうだね。私もそう思う」
懐かしい仲間たち、由羅とルナ、そして重人の顔を見渡して、杏里は言った。
いずなも数少ない仲間のひとりなのだ。
見殺しにするなんてことが、できるはずがない。
「行きなさい。そのばあさんは、私と御門君で監視するから」
塔子に支えられ、車から降りてきた富樫博士が、重人の肩越しにそう声をかけてきた。
「では、そうしてもらおうかの。実は、バスの中にはわしの連れがもうひとり居てね。ふたり一緒に面倒をみてもらうことにするよ」
真布はまったく悪びれたふうもなくそう言いたいだけ言ってのけると、マイクロバスに向かって元気に声を張り上げた。
「光代さん、いつまでも隠れてないで、いい加減出ておいで。井沢はやられちまったけど、この人たちがわしらの面倒をみてくれるそうだよ」
「けっ、現金なババアだ」
呆れたようにつぶやき、由羅が忌々しげにペッと唾を吐いた。
「ぐわああっ!」
柘榴のように爆ぜた右肩をつかみ、井沢が絶叫する。
そこに、影が落ちた。
蝙蝠の翼のようにミニスカートをはためかせ、井沢の背後に由羅が着地したのだ。
「地獄に堕ちやがれ!」
後ろから両手で男の顔をつかむと、ミラーグラスごと、親指で両目を押し潰す。
レンズが割れ、押し潰された眼球が鮮血とともに流れ出す。
「あうううう!」
残った左手で両目を押さえて転げまわる井沢に向かって、由羅が頑丈なブーツを履いた右足を振り上げた。
「待ちな」
と、その時、マイクロバスの昇降口から、のっそりと腰の曲がった老婆が姿を現した。
三頭身の身体にアンバランスなほど大きな顔。
沼人形工房の主、沼真布である。
「ババア、裏切りやがったな!」
井沢にとどめを刺すのを中断し、由羅が老婆のほうを振り返った。
「目玉をつぶされちゃあ、その男はもはやただの役立たず。何も殺すことはあるまい」
老婆は由羅の激しい怒りにも動ずる気配を見せず、よちよちと歩いてくる。
「裏委員会だかなんだか知らないが、杏里を拉致してどういうつもりだ。てめえらみんな、うちが皆殺しに」
「だから待てと言うのに。由羅よ、あの世から戻ってきたはよいが、相変わらずじゃのう、その短気な性格は」
「な、なんだと?」
怖気づくこともなく、目と鼻の先に立った老婆をまじまじと見つめ、由羅が絶句する。
「ひとつ大事なことを教えてやろう。裏委員会の本部は、今危機に瀕している。リーダーの井沢がこのありさまでは、組織の壊滅は避けられぬかもしれぬ」
「零だね」
口をはさんだのは、重人だった。
その後ろに、念動力で井沢の右腕を引きちぎったルナが佇んでいる。
「そうだ。本部では、あの黒野零が杏里を探して暴走しているのじゃ。そして、わしらを逃がす時間を稼ぐために、井沢は囮を置いてきた」
「囮?」
由羅が太い眉を片方だけ吊り上げた。
「誰のことだ?」
「あ」
杏里は喉の奥で小さく叫んだ。
「いけない! いずなちゃんが!」
「そういうことか」
由羅が真布を睨んだ。
「そういえば、あんたらはいずなまで拉致監禁してたんだったな」
「わしは知らぬよ。やったのはこの男じゃ」
真布が顔面を朱に染めて失神している井沢を顎で示してみせた。
「どの道、急いだほうがよくはないかの。もしおまえたちが、そのいずなという子を助けたいならば」
「くそ、零のやつ」
由羅の瞳に、憎悪の火が灯るのがわかった。
「そうだね。私もそう思う」
懐かしい仲間たち、由羅とルナ、そして重人の顔を見渡して、杏里は言った。
いずなも数少ない仲間のひとりなのだ。
見殺しにするなんてことが、できるはずがない。
「行きなさい。そのばあさんは、私と御門君で監視するから」
塔子に支えられ、車から降りてきた富樫博士が、重人の肩越しにそう声をかけてきた。
「では、そうしてもらおうかの。実は、バスの中にはわしの連れがもうひとり居てね。ふたり一緒に面倒をみてもらうことにするよ」
真布はまったく悪びれたふうもなくそう言いたいだけ言ってのけると、マイクロバスに向かって元気に声を張り上げた。
「光代さん、いつまでも隠れてないで、いい加減出ておいで。井沢はやられちまったけど、この人たちがわしらの面倒をみてくれるそうだよ」
「けっ、現金なババアだ」
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