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第10部 姦禁のリリス

#58 追撃④

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「だけど、杏里を護送するのに護衛の車もつけないなんて、裏委員会もずいぶん人材不足なんだね」
 車はあと20メートルほどに迫っている。
 スモークガラスで中は見えないが、重人には杏里の”気配”がありありと伝わってくる。
 由羅はスライドドアを手動で開け、飛び移る準備万端だ。
 アクション映画さながらのシーンだが、スーパーパワーを秘めた由羅ならやりかねない。
 というより、疾走する車から車へ飛び移るなど、朝飯前に違いない。
「だけど、由羅、気をつけて。あのミラーグラスの男は危険だ。絶対に裸眼を見ちゃいけない。あいつは、おそらく僕と同じ、いやそれ以上の能力者だと思う。あいつの眼にやられて、ルナもヤチカさんもおかしくなったんだ」
 ルナのマインドコントロールを解く時見たビジョンを思い出し、重人は言った。
 あれに由羅がやられて敵の軍門に下ったりしたら、それこそ大変なことになる。
「ミラーグラス? なんだそれ? ま、いいや。眼を見なけりゃいいんだろ」
 由羅は半ば外に身体を乗り出し、久しぶりの戦闘にうずうずしているようだ。
 残り10メートル、と迫った時だった。
「あ」
 ステアリングを握った塔子が、小さく叫んだ。
 突然、マイクロバスのスライドドアが滑って、何か大きなものが路上に転げ落ちたのだ。
 蜘蛛だった。
 剛毛に覆われた、タランチュラを巨大化したような4本脚の蜘蛛。
 それが路面でバウンドすると、やにわにジャンプしてフロントグラスに貼りついてきたのである。
 蜘蛛には、本来の頭部の代わりに、人間の顔がついていた。
 4本の脚でフロントグラスに貼りついて、スキンヘッドの若い男の顔がにやりと笑った。
「そういうわけか」
 重人は納得した。
「やつらのボディガードは、変異外来種というわけだ」
「雑魚は任せる。おい、ルナ、起きろ」
 由羅が片手を伸ばして、ルナの肩をゆすぶった。
「うちはバスに飛び移る。だからあのバケモンは、おまえが倒せ」
「私が?」
 夢から覚めたように、ルナが身を起こした。
「いつまでもぼーっとしてんじゃねえよ! いい加減、目を覚ましやがれ!」
 そう言い捨てて、由羅が車の屋根によじのぼった。
 そこから10メートルの距離を、一気に飛び越えるつもりなのだ。
「前が見えないわ。ルナ、やるなら早く!」
 塔子が叫んだ時、ルナのアクアマリンの瞳に力が宿った。
 それと同時に、フロントグラスの蜘蛛男が、ふいに汚らしい血潮を噴き上げ、見えない手で引きちぎられたかのように、バラバラの肉塊となって四散した。




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