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第10部 姦禁のリリス
#56 追撃②
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「な、なんなんだよ、いきなり! おまえまで頭おかしくなっちまったのかよ?」
齧りかけのパンを片手に持ったまま、由羅が呆れたようにあんぐりと口を開いた。
が、重人は今、それどころではなかった。
悶え狂う杏里から、次々と場面が切り替わっていく。
突き上げるような激情が潮が引くように消えていくにつれ、視界が徐々にクリアになる。
部屋に入ってきたミラーグラスの男。
男がしゃべっている。
零が脱走した。
確かにそう聞こえた。
だから逃げるつもりなのだ。
杏里と、老婆たちを連れて。
老婆たちって?
あ、見えた。
壁際に誰か倒れている。
ふたりとも老婆のようだ。
その一人には、見覚えがある。
あれは確か・・・。
重人はカッと眼を見開いた。
え?
そんな?
これって、どういうこと?
すでにエクスタシーは完全にフェイドアウトしていた。
驚きが性欲に勝ったのだ。
「しっかりしろよ、重人」
乱暴に由羅が肩を揺すってくる。
「待ちなさい。この子はヒュプノスなんだ。何か感じているようだ」
なだめるような老人の声。
「笹原杏里とリンクしているのでしょうか? もとはと言えば、栗栖君は彼女のサポーターなのでしょう?」
塔子が的を射た評を口にした。
「わかった」
重人は眼を開いた。
「杏里の居場所が」
「マジか」
由羅が息を呑む。
「どこなんだ、そこは?」
「沼人形工房」
「なんだって?」
「うかつだったよ。こんな近くに杏里が監禁されてたなんて」
手元の野菜ジュースでのどを潤すと、大きく息を吐いて重人は続けた。
「けど、そんなことってあるか? 真布ばあさんは、うちらの味方だったはずだろう?」
「いつのまにか、寝返ってたんだね。裏委員会に。これは僕の予想だけど、杏里のエキスを独占して、若返りたかったのかもしれない」
「むう、あのくそババア!」
由羅がうめいた。
「てことは、ババアのドールズネットワークで、うちらの行動は向こうに筒抜けだったってことじゃないか」
「まあ、そうなるだろうね。どの学校にも、どこの町角にも、この町の名物、沼工房の人形は飾られているから」
「何なんだね。その沼人形工房というのは」
富樫博士が訊いてきた。
手短に説明しながら、重人は思う。
今さっき幻視した光景は、工房の地下施設のどこかだったのだ。
それはあのミラーグラスの男の台詞からもわかる。
問題は、やつらが杏里を別の場所に移動させようとしていることだ。
杏里を奪還するなら、また行方がわからなくなる前の、今しかない。
そこまで説明すると、老人がうなずいた。
「車を出そう。運転は、塔子君に任せればいい」
「ありがとうございます」
重人は言った。
「でも、ひとつ問題があります。今杏里を追うと、黒野零と遭遇する可能性が極めて高いということです」
「なにい? 零だと?」
由羅がこぶしでテーブルを殴りつけた。
バキッ。
天板が真っ二つに割れ、食器類が雪崩を打って床に滑り落ちる。
「黒野零というのは、由羅君を半殺しにした、例のメス外来種のことだね」
老人の言葉に、由羅の顔に見る間に朱が差した。
激怒した証拠だった。
老人の言葉が図星であるだけに、屈辱と怒りで今にも爆発しそうになっているのだろう。
「くそ! 今度こそ、この手でぶっ殺す」
ぎりぎりと歯軋りしながら、鬼のような形相で由羅がつぶやいた。
齧りかけのパンを片手に持ったまま、由羅が呆れたようにあんぐりと口を開いた。
が、重人は今、それどころではなかった。
悶え狂う杏里から、次々と場面が切り替わっていく。
突き上げるような激情が潮が引くように消えていくにつれ、視界が徐々にクリアになる。
部屋に入ってきたミラーグラスの男。
男がしゃべっている。
零が脱走した。
確かにそう聞こえた。
だから逃げるつもりなのだ。
杏里と、老婆たちを連れて。
老婆たちって?
あ、見えた。
壁際に誰か倒れている。
ふたりとも老婆のようだ。
その一人には、見覚えがある。
あれは確か・・・。
重人はカッと眼を見開いた。
え?
そんな?
これって、どういうこと?
すでにエクスタシーは完全にフェイドアウトしていた。
驚きが性欲に勝ったのだ。
「しっかりしろよ、重人」
乱暴に由羅が肩を揺すってくる。
「待ちなさい。この子はヒュプノスなんだ。何か感じているようだ」
なだめるような老人の声。
「笹原杏里とリンクしているのでしょうか? もとはと言えば、栗栖君は彼女のサポーターなのでしょう?」
塔子が的を射た評を口にした。
「わかった」
重人は眼を開いた。
「杏里の居場所が」
「マジか」
由羅が息を呑む。
「どこなんだ、そこは?」
「沼人形工房」
「なんだって?」
「うかつだったよ。こんな近くに杏里が監禁されてたなんて」
手元の野菜ジュースでのどを潤すと、大きく息を吐いて重人は続けた。
「けど、そんなことってあるか? 真布ばあさんは、うちらの味方だったはずだろう?」
「いつのまにか、寝返ってたんだね。裏委員会に。これは僕の予想だけど、杏里のエキスを独占して、若返りたかったのかもしれない」
「むう、あのくそババア!」
由羅がうめいた。
「てことは、ババアのドールズネットワークで、うちらの行動は向こうに筒抜けだったってことじゃないか」
「まあ、そうなるだろうね。どの学校にも、どこの町角にも、この町の名物、沼工房の人形は飾られているから」
「何なんだね。その沼人形工房というのは」
富樫博士が訊いてきた。
手短に説明しながら、重人は思う。
今さっき幻視した光景は、工房の地下施設のどこかだったのだ。
それはあのミラーグラスの男の台詞からもわかる。
問題は、やつらが杏里を別の場所に移動させようとしていることだ。
杏里を奪還するなら、また行方がわからなくなる前の、今しかない。
そこまで説明すると、老人がうなずいた。
「車を出そう。運転は、塔子君に任せればいい」
「ありがとうございます」
重人は言った。
「でも、ひとつ問題があります。今杏里を追うと、黒野零と遭遇する可能性が極めて高いということです」
「なにい? 零だと?」
由羅がこぶしでテーブルを殴りつけた。
バキッ。
天板が真っ二つに割れ、食器類が雪崩を打って床に滑り落ちる。
「黒野零というのは、由羅君を半殺しにした、例のメス外来種のことだね」
老人の言葉に、由羅の顔に見る間に朱が差した。
激怒した証拠だった。
老人の言葉が図星であるだけに、屈辱と怒りで今にも爆発しそうになっているのだろう。
「くそ! 今度こそ、この手でぶっ殺す」
ぎりぎりと歯軋りしながら、鬼のような形相で由羅がつぶやいた。
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