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第10部 姦禁のリリス
#40 アジト
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「君は間違ってる」
ルナの額に己の額を押し当てたまま、重人が言った。
「間違ってる?」
ルナが眼球だけを動かして、重人を見た。
重人のマインドコントロールで、自由に手足を動かすことができないのだ。
「重人、あなた、私の心、読んでるの?」
「心というか、思考をね。君は、杏里が委員会の本部でメンテを受けてると思い込まされてた。でも、違うんだ。杏里を拉致したのは、新種薔薇育成委員会のほう。つまり、裏委員会だ。そして、七尾ヤチカも丸尾美里も、今はその裏委員会の一員なんだよ」
「裏委員会? なによそれ。だいたい、思い込まされたってどういうこと?」
がらんとした廃工場の片隅である。
パイプ椅子に座らされたルナの首に、重人が背後から腕を回している。
近くには、パンクロッカーのような衣装を着た黒づくめの娘がひとり。
腕組みをして、シャドウで縁取られた大きな目で、ルナをじっと眺めている。
「知恵の回る外来種がつくった組織だよ。ヤチカや美里が取り込まれたところを見ると、かなり大掛かりな集団らしい。この町もそろそろ危ないかもな」
パンクファッションの娘が、重人の代わりに低いハスキーボイスで横から口を出す。
「あなたは?」
その挑発するような視線を正面から受け止めて、鋭い口調でルナは訊き返した。
「このはねっ返りは、榊由羅。ルナも聞いたことあるんじゃない? 杏里の元パートナー。武闘派のパトスだよ」
「ハネッ返りってなんだよ。元パートナーってのも気に入らねえ。おい、重人、うちはな」
重人のからかうような紹介に、むっとした表情で由羅が突っかかる。
「わかってるって。杏里を取り返したら、また元通り、バディを組むって言いたいんだろ? でも、それなら、ルナはどうすんのさ?」
「知るか。シンガポールなり香港なりに帰りゃいいだろ? 第一、外来種は今となりゃあ世界中に広がってるんだからよ。そうだろう?」
この子が、杏里の元パートナー…。
ルナは相手が眼を逸らすまで、その顔を見つめ続けた。
色黒で、見るからにワイルドな雰囲気の少女である。
が、その悪魔的なメイクを取った顏を想像すると、意外にキュートで可愛らしい。
「杏里は、渡さない」
無意識のうちに、その言葉が口をついて出た。
名前を舌先に乗せただけで、じわりと体液が分泌される感触があった。
その時になって初めて、ルナは自分がスカートを穿いていないことに気づいた。
上はブラウスを着ているのに、下はなぜかパンティ一枚きりなのだ。
恥ずかしさのあまり顏から火の出る思いだったが、この杏里の元相棒の前で弱みを見せるわけにはいかない。
そう心に念じて、奥歯をぎゅっと噛みしめた。
それにしても、と思う。
重人の言葉は本当なのだろうか。
実のところ、ルナには最近の出来事に関する確たる記憶がなかった。
七尾ヤチカと名乗る女性と、ひとつ屋根の下で暮らしていたらしい。
ぼんやりとだが、それは覚えている。
細面の寂しげな女性の面影とともに、霧のように曖昧な記憶が、ところどころ蘇るのだ。
ヤチカのしなやかな指が流れるようにルナの肌の上を這い回り、触れるそばから得も言われぬ快感を生み出していく、その官能的な記憶だけが身体の端々にうっすらと残っていた。
「今は杏里の所有権を争ってる場合じゃないよ」
ルナの額に額を押し当て、手を握ったまま、重人が言った。
「僕らが協力し合って、杏里を助け出す。一緒に囚われてるいずなちゃんも。それが何にも勝る優先事項なんだ」
「こいつ、本当に催眠術、解けてるのか?」
重人の重い言葉をさらりと聞き流し、疑い深げに由羅が言った。
「その、おまえの同類みたいな外来種に、相当強力な後催眠、かけられてたんだろ?」
「催眠術? どういうこと? 説明して」
ルナは重人の頬を両手で挟むと、顏から遠ざけ、その眼鏡の奥のつぶらな瞳を蒼い眼でのぞきこんだ。
重人が”力”を緩めたのか、今になってようやく身体の自由が利くようになったからだった。
「覚えてないの? 君の記憶の中にある、ミラーグラスの中年男だよ。君はそいつにマインドコントロールされて、美里と一緒に僕と由羅を襲ったんだ」
「あ」
喉の奥で、ルナは小さく声を立てた。
あの男…。
虹色の変な眼鏡をかけてて、それをはずしたら…。
重人の言葉に、記憶の一部がフラッシュバックしたかのようだった。
「一応、上書きされた偽の記憶は消してみたけどね。潜在意識の底まではわからないなあ。それに、身体のほうは、ヤチカさんに、相当調教されちゃってるみたいだし…」
「身体? 調教? はっ」
重人が言いにくそうに説明すると、ルナを馬鹿にするように、由羅が大袈裟に肩をすくめてみせた。
「そいつは厄介だ。それこそ調教の達人杏里でなきゃ、矯正できないぜ」
「な、何よ。変な目で見ないでよ」
ルナは両手でパンティの前を隠し、身をすくめた。
「だよね。だから、そのためにも、一刻も早く杏里を探さなきゃ」
重人が真顔でうなずいた時である。
「ルナを取り戻したそうだな。よくやった」
廃工場のどこかから、声がした。
顏を上げたルナは、見た。
2階から続く鉄の階段を、背の高い女に支えられながら、杖をついた老人が降りてくる。
「富樫博士と、秘書の御門塔子」
ふたりのほうに目をやって、由羅が言った。
「うちの命の恩人で、うちらを創った張本人のひとりさ。まあ、現代版フランケンシュタイン博士ってとこかな」
ルナの額に己の額を押し当てたまま、重人が言った。
「間違ってる?」
ルナが眼球だけを動かして、重人を見た。
重人のマインドコントロールで、自由に手足を動かすことができないのだ。
「重人、あなた、私の心、読んでるの?」
「心というか、思考をね。君は、杏里が委員会の本部でメンテを受けてると思い込まされてた。でも、違うんだ。杏里を拉致したのは、新種薔薇育成委員会のほう。つまり、裏委員会だ。そして、七尾ヤチカも丸尾美里も、今はその裏委員会の一員なんだよ」
「裏委員会? なによそれ。だいたい、思い込まされたってどういうこと?」
がらんとした廃工場の片隅である。
パイプ椅子に座らされたルナの首に、重人が背後から腕を回している。
近くには、パンクロッカーのような衣装を着た黒づくめの娘がひとり。
腕組みをして、シャドウで縁取られた大きな目で、ルナをじっと眺めている。
「知恵の回る外来種がつくった組織だよ。ヤチカや美里が取り込まれたところを見ると、かなり大掛かりな集団らしい。この町もそろそろ危ないかもな」
パンクファッションの娘が、重人の代わりに低いハスキーボイスで横から口を出す。
「あなたは?」
その挑発するような視線を正面から受け止めて、鋭い口調でルナは訊き返した。
「このはねっ返りは、榊由羅。ルナも聞いたことあるんじゃない? 杏里の元パートナー。武闘派のパトスだよ」
「ハネッ返りってなんだよ。元パートナーってのも気に入らねえ。おい、重人、うちはな」
重人のからかうような紹介に、むっとした表情で由羅が突っかかる。
「わかってるって。杏里を取り返したら、また元通り、バディを組むって言いたいんだろ? でも、それなら、ルナはどうすんのさ?」
「知るか。シンガポールなり香港なりに帰りゃいいだろ? 第一、外来種は今となりゃあ世界中に広がってるんだからよ。そうだろう?」
この子が、杏里の元パートナー…。
ルナは相手が眼を逸らすまで、その顔を見つめ続けた。
色黒で、見るからにワイルドな雰囲気の少女である。
が、その悪魔的なメイクを取った顏を想像すると、意外にキュートで可愛らしい。
「杏里は、渡さない」
無意識のうちに、その言葉が口をついて出た。
名前を舌先に乗せただけで、じわりと体液が分泌される感触があった。
その時になって初めて、ルナは自分がスカートを穿いていないことに気づいた。
上はブラウスを着ているのに、下はなぜかパンティ一枚きりなのだ。
恥ずかしさのあまり顏から火の出る思いだったが、この杏里の元相棒の前で弱みを見せるわけにはいかない。
そう心に念じて、奥歯をぎゅっと噛みしめた。
それにしても、と思う。
重人の言葉は本当なのだろうか。
実のところ、ルナには最近の出来事に関する確たる記憶がなかった。
七尾ヤチカと名乗る女性と、ひとつ屋根の下で暮らしていたらしい。
ぼんやりとだが、それは覚えている。
細面の寂しげな女性の面影とともに、霧のように曖昧な記憶が、ところどころ蘇るのだ。
ヤチカのしなやかな指が流れるようにルナの肌の上を這い回り、触れるそばから得も言われぬ快感を生み出していく、その官能的な記憶だけが身体の端々にうっすらと残っていた。
「今は杏里の所有権を争ってる場合じゃないよ」
ルナの額に額を押し当て、手を握ったまま、重人が言った。
「僕らが協力し合って、杏里を助け出す。一緒に囚われてるいずなちゃんも。それが何にも勝る優先事項なんだ」
「こいつ、本当に催眠術、解けてるのか?」
重人の重い言葉をさらりと聞き流し、疑い深げに由羅が言った。
「その、おまえの同類みたいな外来種に、相当強力な後催眠、かけられてたんだろ?」
「催眠術? どういうこと? 説明して」
ルナは重人の頬を両手で挟むと、顏から遠ざけ、その眼鏡の奥のつぶらな瞳を蒼い眼でのぞきこんだ。
重人が”力”を緩めたのか、今になってようやく身体の自由が利くようになったからだった。
「覚えてないの? 君の記憶の中にある、ミラーグラスの中年男だよ。君はそいつにマインドコントロールされて、美里と一緒に僕と由羅を襲ったんだ」
「あ」
喉の奥で、ルナは小さく声を立てた。
あの男…。
虹色の変な眼鏡をかけてて、それをはずしたら…。
重人の言葉に、記憶の一部がフラッシュバックしたかのようだった。
「一応、上書きされた偽の記憶は消してみたけどね。潜在意識の底まではわからないなあ。それに、身体のほうは、ヤチカさんに、相当調教されちゃってるみたいだし…」
「身体? 調教? はっ」
重人が言いにくそうに説明すると、ルナを馬鹿にするように、由羅が大袈裟に肩をすくめてみせた。
「そいつは厄介だ。それこそ調教の達人杏里でなきゃ、矯正できないぜ」
「な、何よ。変な目で見ないでよ」
ルナは両手でパンティの前を隠し、身をすくめた。
「だよね。だから、そのためにも、一刻も早く杏里を探さなきゃ」
重人が真顔でうなずいた時である。
「ルナを取り戻したそうだな。よくやった」
廃工場のどこかから、声がした。
顏を上げたルナは、見た。
2階から続く鉄の階段を、背の高い女に支えられながら、杖をついた老人が降りてくる。
「富樫博士と、秘書の御門塔子」
ふたりのほうに目をやって、由羅が言った。
「うちの命の恩人で、うちらを創った張本人のひとりさ。まあ、現代版フランケンシュタイン博士ってとこかな」
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