上 下
393 / 463
第10部 姦禁のリリス

#39 決着

しおりを挟む
 大地を踏みしめて、由羅が立ち上がる。
 小柄だが筋肉質な由羅の裸体を、重人はほれぼれと眺めた。
 筋肉質だからといって、ボディビルダーのように不自然にデフォルメされた身体つきというわけではない。
 腕も足も背も、野生の猛獣のようにしなやかに均整が取れているのだ。
 一方、由羅と対峙した美里は、触手の大部分を引きちぎられたにも関わらず、顔色ひとつ変えていないようだ。
 相変わらず、眼鏡の奥から冷徹な眼で向かい合う由羅を見つめている。
「やるじゃない」
 にこりともせず、その美里が言った。
 千切れて短くなった触手が地面を這い、徐々にその身体のあちこちに開いた穴に戻っていく。
「でも、これで終わりだと思ったら、大間違いよ」
 薄い唇の端が、笑いの形にわずかに吊り上がった。
 その言葉が終わるか終わらないかのうちだった。
 いったん引っ込んだ両胸の太い触手が、しゅっと空気を切る音とともに伸び上がった。
「気をつけて! 由羅! 再生してる!」
 ぐったりとなったルナを抱きかかえたまま、重人は警告を発した。
 一度体内に収容されただけで、美里の触手はすっかり元に戻っている。
 やはり彼女もタナトスなのだ。
 杏里ほどではないにしろ、ある程度の治癒能力を身に備えているに違いない。
「わかってるって!」
 由羅が笑い声を立てた。
 地を蹴ると、伸びてきた2本の触手の間を身体を器用に捩じってかいくぐり、次の瞬間、美里の正面に立った。
「なに…?」
 初めて美里の顔色が変わった。
「あんた、遅いんだよ」
 こぶしを握り、由羅が右腕をスウィングバックする。
「そんなんじゃ、触手にハエが止まっちまうぜ」 
 言いながら、強烈なパンチを美里の顔面に叩き込んだ。
 眼鏡が吹き飛び、血の飛沫が四散した。
 変形して横を向いた美里の頬に、今度は左のパンチが炸裂する。
 由羅のパンチは重い。
 トラックが激突するのと変わらぬほどの破壊力を秘めている。
「おらおらおらおら!」
 左右の連打が美里の頭部をぐちゃぐちゃに潰していく。
 口が裂け、折れた歯が飛び散り、耳から血を噴き出した。
 腰をばねにして飛び上がり、最後に真下から顎に膝蹴りをくらわすと、物も言わずに美里はその場に倒れ込んだ。
 仰向けに倒れたその顔面を、頑丈なブーツの底で由羅が踏みにじる。
「あんたがいくらタナトスだっていってもさ、頭を潰しゃいいんだろ?」
 ざくざくと頭蓋骨が崩れる音に混じって、美里の両耳と鼻の孔から灰色の脳漿があふれ出してきた。
「そのへんでいい。由羅、もう行こう!」
 建物の出入り口から、わらわらと小さな影たちが現れたのを見て、重人は言った。
 黄色い園児帽をかぶった何十人という数の幼児たちが、今しも校庭にあふれ出そうとしているのだ。
 その後ろに立っているのは、どうやらヤチカのようだった。
「やばいよ、新手の子ども軍団だ! 早くルナを安全な所に!」
「けっ! 餓鬼の相手はもうごめんだよ」
 地面に落ちていた美里のスーツの上着を拾い上げ、むき出しの肩から羽織ると由羅が言った。
「とりあえず、じいさんのとこにでも行くとするか。重人、おまえ、タクシー代くらい持ってるだろ?」
しおりを挟む

処理中です...