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第10部 姦禁のリリス
#29 小田切勇次の焦燥②
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にわかには信じ難いことだったが、目を凝らせば凝らすほど、そう思えてきた。
直径2メートルはあるだろう、肉でできた球体の表面に浮かび上がっているのは、どれも杏里の身体の一部だ。
鼻や口、耳の形には見覚えがあるし、愁いを帯びた黒目勝ちな眼などは、まさに杏里そのものだ。
それらのパーツの間に点在する、一見、唇に似た桜色の隆起はおそらく性器に違いない。
「それがそうとも言えないの」
奇怪な物体に目を向けたまま、水谷冬美が言った。
「”あれ”の生体組織には、杏里ちゃんのDNA以外に、二種類のDNAが混在している。ひとつは外来種らしき未知のDNA、そしてもうひとつは、あきらかに人間のもの…」
「人間?」
小田切勇次は驚いて冬美のシャープな横顔に目を当てた。
「それはどういうことだ? なんでそんなものが杏里の肉体に混ざり込んでいる?」
「わからない。そもそもあれを杏里ちゃんと断定していいのかどうか…」
「どっちにしろ、杏里は裏委員会に拉致されたわけではないってことか? ここに、こんな姿で収容されている以上…」
「どうなのかしらね。あるいはこれは彼女の複製みたいなもので、本体は私たちの予想通り、裏委員会の手に落ちているのかもしれない。とにかくそれはさっき言ったように、捜索チームの報告待ちってことになるのだけれど」
「杏里の複製?」
「彼女の再生能力のすごさは知ってるでしょ? 時が経つにつれて、あの子の力はますます進化している。これまでのように、身体の損傷を修復するだけでなく、分断された肉体のパーツからクローンを生み出すまでに至っているとしても、不思議はないんじゃないかしら」
「確かに…」
手すりから身を乗り出し、小田切はプールの中の生き物を改めて観察した。
プールに満たされているのは、ただの水ではなく、細胞の増殖実験などに使われる培養液のようだ。
プールの周囲には金属の枠が組み上げられ、そこから伸びたアームやチューブが生き物に繋がっている。
その生物が生きていることは、身体全体が規則正しく蠢動していることからも明らかだ。
培養液の下に沈んだ部分にある口や鼻からは、時折気泡もあがっている。
「これが何なのかは、いずれわかると思う。ものすごい勢いで、変化し続けているみたいだから…。見つかった時は、ただの肉の塊だった。それがきのう、身体の表面に”眼”ができて、あっという間にあんな姿に…。あなたを呼んだのは、あの身体のパーツがみんな杏里ちゃんのものかどうか、確認したかったから。もちろん、DNAレベルではわかってたけど、実際の造形も果たしてそうなのか、彼女とあまり接触する機会のない私では判別し辛くて」
「そういうことなら、あれは間違いなく杏里のものだ」
断定するように、小田切は言った。
「ただ、なんていうか…”心”はあの中にない気がする。あの肉の表面にいくつも浮かんでるのは確かに杏里の眼だが…俺には本物に似せた精巧な義眼にしか見えないんだ」
「”心”がない?」
冬美が眉根を寄せて、小田切を見上げた。
「じゃあ、あれは単なる”容れ物”に過ぎないってこと?」
直径2メートルはあるだろう、肉でできた球体の表面に浮かび上がっているのは、どれも杏里の身体の一部だ。
鼻や口、耳の形には見覚えがあるし、愁いを帯びた黒目勝ちな眼などは、まさに杏里そのものだ。
それらのパーツの間に点在する、一見、唇に似た桜色の隆起はおそらく性器に違いない。
「それがそうとも言えないの」
奇怪な物体に目を向けたまま、水谷冬美が言った。
「”あれ”の生体組織には、杏里ちゃんのDNA以外に、二種類のDNAが混在している。ひとつは外来種らしき未知のDNA、そしてもうひとつは、あきらかに人間のもの…」
「人間?」
小田切勇次は驚いて冬美のシャープな横顔に目を当てた。
「それはどういうことだ? なんでそんなものが杏里の肉体に混ざり込んでいる?」
「わからない。そもそもあれを杏里ちゃんと断定していいのかどうか…」
「どっちにしろ、杏里は裏委員会に拉致されたわけではないってことか? ここに、こんな姿で収容されている以上…」
「どうなのかしらね。あるいはこれは彼女の複製みたいなもので、本体は私たちの予想通り、裏委員会の手に落ちているのかもしれない。とにかくそれはさっき言ったように、捜索チームの報告待ちってことになるのだけれど」
「杏里の複製?」
「彼女の再生能力のすごさは知ってるでしょ? 時が経つにつれて、あの子の力はますます進化している。これまでのように、身体の損傷を修復するだけでなく、分断された肉体のパーツからクローンを生み出すまでに至っているとしても、不思議はないんじゃないかしら」
「確かに…」
手すりから身を乗り出し、小田切はプールの中の生き物を改めて観察した。
プールに満たされているのは、ただの水ではなく、細胞の増殖実験などに使われる培養液のようだ。
プールの周囲には金属の枠が組み上げられ、そこから伸びたアームやチューブが生き物に繋がっている。
その生物が生きていることは、身体全体が規則正しく蠢動していることからも明らかだ。
培養液の下に沈んだ部分にある口や鼻からは、時折気泡もあがっている。
「これが何なのかは、いずれわかると思う。ものすごい勢いで、変化し続けているみたいだから…。見つかった時は、ただの肉の塊だった。それがきのう、身体の表面に”眼”ができて、あっという間にあんな姿に…。あなたを呼んだのは、あの身体のパーツがみんな杏里ちゃんのものかどうか、確認したかったから。もちろん、DNAレベルではわかってたけど、実際の造形も果たしてそうなのか、彼女とあまり接触する機会のない私では判別し辛くて」
「そういうことなら、あれは間違いなく杏里のものだ」
断定するように、小田切は言った。
「ただ、なんていうか…”心”はあの中にない気がする。あの肉の表面にいくつも浮かんでるのは確かに杏里の眼だが…俺には本物に似せた精巧な義眼にしか見えないんだ」
「”心”がない?」
冬美が眉根を寄せて、小田切を見上げた。
「じゃあ、あれは単なる”容れ物”に過ぎないってこと?」
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