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第10部 姦禁のリリス
#16 重人と由羅①
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由羅がひょっこり病室にやってきた翌日は、冬空の憂鬱な肌寒い日だった。
保護観察人の冬美が不在なのをいいことに、重人はダウンジャケットを着込んで家を出た。
曙中学の火災の件で、冬美は委員会本部に呼ばれたらしかった。
杏里の失踪について、緊急会議が開かれるのだという。
「悪いわね。退院したばかりなのに」
慌ただしく外出の準備を済ませて、冬美は言ったものだ。
「でも、杏里ちゃんが拉致されたみたいで、本部も大騒ぎになってるのよ」
証拠隠滅のために体育館に火をつけたのは、ほかならぬ委員会の処理班だ。
ところが、いざ杏里を救出しようと中に踏みこんでみると、すでにそこには彼女の姿はなかったというのである。
「代わりに奇妙なものを回収することになったらしくって、それについても調べてみなきゃならないの」
興奮しているのか、冬美はいつになく饒舌だった。
「奇妙なもの?」
朝食のオートミールを口に運びながら、重人は訊いた。
「人間なのか外来種なのかよくわからない、正体不明の生物だっていうんだけど…」
「変なの。なんでそんなものが、中学校の体育館にいるのさ?」
「杏里ちゃんに引きつけられて現れたのかもね。前にその目的でいずなちゃんに擬態した外来種がいたでしょ」
「人間に擬態するなんて、今までのとは違う種類みたいだね」
「実はそう。本部にも、この新種の出現は各地から報告されてるわ。我が国だけじゃなく、どうやら世界的に異変が進行してるみたいなの」
「世界的に? やれやれ、冬美たちも大変だね」
そう、肩をすくめてみせた重人だったが、由羅が生きていたことは、まだ冬美には話していない。
由羅に固く止められたからである。
なんでも、このことが委員会に知れると、命の恩人に迷惑がかかるからだという。
バスに乗り、終点のバスターミナルで降りると、馴染みのハンバーガーショップに足を向けた。
怪我を理由に学校は、今週いっぱい休むことにした。
定期テスト週間だったが、諦めた。
だから、自由な時間はいくらでもある。
平日の午後だけあって、2階のイートインは人影もまばらだった。
奥の席に、ひと際目立つパンクロッカー風の少女がふんぞり返っている。
革ジャンに黒革のマイクロミニ。
網タイツに包まれた脚を高々と組んだ由羅である。
「冬美にしゃべってないだろうな? うちのこと」
コーラとフライドポテトを乗せたトレイをテーブルに置くなり、シャドウを塗った眼で由羅がねめつけてきた。
由羅のテーブルの前には、ハンバーガー10個分ほどの包装紙がくしゃくしゃに丸められて山をつくっている。
「やだな。信じてよ」
由羅は現在、その”命の恩人”とやらと一緒に暮らしているらしい。
よぼよぼのじいさんと、アンドロイドみたいな女秘書なんだ。
そう言うだけで、素性も居場所も教えてくれないのだ。
「で、わかったか?」
今度は身を乗り出して訊いてきた。
「うん、なんとか。あれから”耳”を澄ませてたら、やっと痕跡が見つかった」
「しっかし、なんでそいつが先なんだろうな。うちはすぐにでも杏里を助けに行きたいのに」
そいつ、というのはルナのことだ。
由羅の命の恩人が、まずはルナを探せ、と由羅に命じたのだという。
もちろん、由羅自身はルナとは面識がない。
ルナは、リタイアした由羅の後釜として、シンガポールから呼ばれたパトスだからである。
あの日、重人の病室に忽然と姿を現した由羅は、会話の途中、突然、
「ところで、富樫ルナってパトス、知ってるか?」
そう、重人に訊いてきたのだった。
知っているなら、テレパシーで行方を捜してくれ、と。
「テレパシーも電波と同じでね、いろんな条件で、遠くの”声”がよく聞こえたり、近くの”声”も聞こえなかったりするんだけど…。今朝はなぜか、ルナの声がやばいくらい聞こえちゃってさ」
コーラをひと口飲んで喉を潤すと、重人は言った。
まったくもって、やばかったと思う。
もし、健康体のままだったら、”声”だけで射精していたかもしれなかった。
「なにがそんなにやばいんだ?」
由羅がいぶかしげに、片方の眉を吊り上げる。
意外なことに、由羅の眉は筆で描いたように細い。
杏里の眉毛のほうが自然体で太いかな、などと重人は余分なことを考える。
「えーっとね。ルナのやつ、その、アレの最中みたいでさ」
「あれ? あれってまさか」
「うん、それだよそれ。しかもだよ。相手はどうも、ヤチカさんみたいなんだ」
「なんだと?」
由羅のもう一方の眉も吊り上がる。
「考えてみると、ヤチカさんって、確かにそういう趣味の人だったもんね。たぶん、ルナは杏里の代わりをさせられてるんじゃないかな」
保護観察人の冬美が不在なのをいいことに、重人はダウンジャケットを着込んで家を出た。
曙中学の火災の件で、冬美は委員会本部に呼ばれたらしかった。
杏里の失踪について、緊急会議が開かれるのだという。
「悪いわね。退院したばかりなのに」
慌ただしく外出の準備を済ませて、冬美は言ったものだ。
「でも、杏里ちゃんが拉致されたみたいで、本部も大騒ぎになってるのよ」
証拠隠滅のために体育館に火をつけたのは、ほかならぬ委員会の処理班だ。
ところが、いざ杏里を救出しようと中に踏みこんでみると、すでにそこには彼女の姿はなかったというのである。
「代わりに奇妙なものを回収することになったらしくって、それについても調べてみなきゃならないの」
興奮しているのか、冬美はいつになく饒舌だった。
「奇妙なもの?」
朝食のオートミールを口に運びながら、重人は訊いた。
「人間なのか外来種なのかよくわからない、正体不明の生物だっていうんだけど…」
「変なの。なんでそんなものが、中学校の体育館にいるのさ?」
「杏里ちゃんに引きつけられて現れたのかもね。前にその目的でいずなちゃんに擬態した外来種がいたでしょ」
「人間に擬態するなんて、今までのとは違う種類みたいだね」
「実はそう。本部にも、この新種の出現は各地から報告されてるわ。我が国だけじゃなく、どうやら世界的に異変が進行してるみたいなの」
「世界的に? やれやれ、冬美たちも大変だね」
そう、肩をすくめてみせた重人だったが、由羅が生きていたことは、まだ冬美には話していない。
由羅に固く止められたからである。
なんでも、このことが委員会に知れると、命の恩人に迷惑がかかるからだという。
バスに乗り、終点のバスターミナルで降りると、馴染みのハンバーガーショップに足を向けた。
怪我を理由に学校は、今週いっぱい休むことにした。
定期テスト週間だったが、諦めた。
だから、自由な時間はいくらでもある。
平日の午後だけあって、2階のイートインは人影もまばらだった。
奥の席に、ひと際目立つパンクロッカー風の少女がふんぞり返っている。
革ジャンに黒革のマイクロミニ。
網タイツに包まれた脚を高々と組んだ由羅である。
「冬美にしゃべってないだろうな? うちのこと」
コーラとフライドポテトを乗せたトレイをテーブルに置くなり、シャドウを塗った眼で由羅がねめつけてきた。
由羅のテーブルの前には、ハンバーガー10個分ほどの包装紙がくしゃくしゃに丸められて山をつくっている。
「やだな。信じてよ」
由羅は現在、その”命の恩人”とやらと一緒に暮らしているらしい。
よぼよぼのじいさんと、アンドロイドみたいな女秘書なんだ。
そう言うだけで、素性も居場所も教えてくれないのだ。
「で、わかったか?」
今度は身を乗り出して訊いてきた。
「うん、なんとか。あれから”耳”を澄ませてたら、やっと痕跡が見つかった」
「しっかし、なんでそいつが先なんだろうな。うちはすぐにでも杏里を助けに行きたいのに」
そいつ、というのはルナのことだ。
由羅の命の恩人が、まずはルナを探せ、と由羅に命じたのだという。
もちろん、由羅自身はルナとは面識がない。
ルナは、リタイアした由羅の後釜として、シンガポールから呼ばれたパトスだからである。
あの日、重人の病室に忽然と姿を現した由羅は、会話の途中、突然、
「ところで、富樫ルナってパトス、知ってるか?」
そう、重人に訊いてきたのだった。
知っているなら、テレパシーで行方を捜してくれ、と。
「テレパシーも電波と同じでね、いろんな条件で、遠くの”声”がよく聞こえたり、近くの”声”も聞こえなかったりするんだけど…。今朝はなぜか、ルナの声がやばいくらい聞こえちゃってさ」
コーラをひと口飲んで喉を潤すと、重人は言った。
まったくもって、やばかったと思う。
もし、健康体のままだったら、”声”だけで射精していたかもしれなかった。
「なにがそんなにやばいんだ?」
由羅がいぶかしげに、片方の眉を吊り上げる。
意外なことに、由羅の眉は筆で描いたように細い。
杏里の眉毛のほうが自然体で太いかな、などと重人は余分なことを考える。
「えーっとね。ルナのやつ、その、アレの最中みたいでさ」
「あれ? あれってまさか」
「うん、それだよそれ。しかもだよ。相手はどうも、ヤチカさんみたいなんだ」
「なんだと?」
由羅のもう一方の眉も吊り上がる。
「考えてみると、ヤチカさんって、確かにそういう趣味の人だったもんね。たぶん、ルナは杏里の代わりをさせられてるんじゃないかな」
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