激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#351 エピローグ

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 白一色の部屋の中。
 手術台のようなベッドの上に、全裸の少女が仰臥している。
 沼人形工房の地下施設につながる総合病院の手術室である。
 扇形に広がった髪。
 あどけなさを残しながらも、妙にそそる顔。
 ほっそりとした首は、小柄ではあるものの、成人女性並みに成熟した肢体に続いている。
 蠱惑的な肉体を余すところなく曝け出して眠っているのは、救出されたばかりの笹原杏里だった。
「しかし、たまげたな。あの化け物に好き放題食われたっていうのに、すっかり元に戻ってやがる」
 長い髪をかき上げてうめくように言ったのは、白衣に身を包んだ百足丸である。
「おまえの鍼のせいだろう。性腺を司るチャクラを活性化されて、おそらくタナトスとしてのリミッターがはずれたんだ。よくやった、というべきかもな」
 手術室には不似合いのミラーグラスを光らせて、こちらも白衣に身を包んだ井沢が答えた。
「元に戻ったどころか、前より輝きが増して見えるがね。あたしには」
 ふたりの間に顔をのぞかせている老婆が、感心したようにつぶやいた。
「ほら、見てごらん。この濡れ濡れした肌を。まるで全身が性器になって、いやらしい汁を毛穴から滲み出させてるみたいじゃないか」
 無遠慮に手を伸ばし、老婆が骨張った指で少女の肩甲骨のあたりをすうっと撫でた。
 あん…。
 桜貝のような少女の唇がかすかに開き、甘い吐息が漏れ出した。
「ね、感じてるだろ? あんたの鍼とやらの効果で、身体の中がエキスであふれ返ってるんだよ」
 真布は、形のいい乳房の周りを指でなぞり、ふたつの丘のふもとに沿ってゆっくりと8の字を描く。
 指先が螺旋を描きながら乳房を登っていき、桜色の乳輪にさしかかると、少女の喘ぎ声が艶めいてきた。
 小刻みにに震え出した裸身を無表情に見下ろし、井沢が言う。
「これでようやくあなたとの約束も果たせそうだ。いずなのエキスが枯渇して、あなたのお仲間たちの間から、いい加減不満の声が続出していましたからね」
「ああ、この子の体調が戻ったら、さっそく頼むよ。まあ、杏里のエキスは本物だからね、ばあさんたちには2、3日身体を貸してやれば十分さ。その後は存分に研究に使っておくれ。あんたたちの存命の鍵と、あたしたちの若返りの鍵、全部この子の身体の中に入ってるんだろ?」
「そのはずです」
 わが意を得たりとばかりに井沢がうなずいた。
「あなたの財団の力を借りて、最高級の医療スタッフを用意しました。しかも杏里のこの生命力だ。不老不死の薬の開発も、決して夢や幻ではありませんよ」
「なんでもいいから、早くしておくれよ。あたしももう90歳だ。先はそんなに長くない」
 井沢は老婆を抱きかかえるように支えると、入口で待機している看護師のもとに連れて行った。
 残された百足丸は、魅入られたように、目の前に横たわる杏里の裸身を注視している。
 これが、究極のタナトス、笹原杏里か…。
 なるほど確かにこの身体、美しいだけでなく、信じられないほどエロチックだ。
 零が”陰”なら、杏里は”陽”のエロス。
 そう…。
 杏里は、あの零とは真逆の魅力を備えているといっていい。
 真布を送り出すと、井沢が戻ってきた。
 別人のように険しい顔つきになっている。
「杏里が手に入った以上、問題は防御の面の強化だな。委員会にかぎつけられるのは、時間の問題だ」
「とりあえず、ルナはヤチカに任せたが…。ヤチカとあの美里とかいう女が、ルナを洗脳する手はずなんだろ?」
「ああ。だが、それだけでは足りない。むろん、人間の警備会社は雇ってあるが、戦闘能力に秀でた優生種だけの部隊を編成する必要がある。俺はしばらくそっちに専念しようと思う」
「俺は何を? まさかまた零の世話の続きか?」
「そう、嫌そうな顔をするな。零は今、大人しいもんだ。いつか杏里に会わせてやる。そう言ったら逆らわなくなった。種を植え付けるには、絶好の機会だろう」
「俺の種でいいのかよ?」
「おまえは実験台だ。まず、孕ますことができるかどうか、それを見たいのさ」

 男たちの会話を聞くともなく耳にしながら、杏里は桃源郷を漂っていた。
 いずなちゃん…。
 ヤチカさん…。
 ルナ…。
 会話の中に途切れ途切れに聞こえた馴染みの名前に身体の芯の何かが反応して、痺れるような疼きが強くなる。
 破壊された肉体を修復するために分泌された、多量の快楽物質。
 それが杏里を、生きたラブドールに変えてしまったかのようだった…。
 
 
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