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第9部 倒錯のイグニス
#335 ラストステージ⑩
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「あの馬鹿!」
手すりから下を見下ろしていた璃子が、激しい口調で毒づいた。
ヤチカは驚いてその刃物で削いだような横顔を見つめた。
この少女らしからぬ振る舞いだ。
璃子は、ヤチカと百足丸を飛び越え、井沢と通じている節がある。
にもかかわらず、委員会側の人間、校長の大山にも取り入っている。
そんな二重スパイのような役割を飄々とこなしている謎めいた少女が、今、感情をむき出しにして目を剥いているのだ。
「はっ、ヤチカの予言通りじゃねえか」
横で百足丸が見下すように嗤った。
「ただのデブかと思ったら、おまえの相棒、とことん阿呆らしいな」
璃子は応えない。
「まだ出番じゃないのに。合図するまで、待機してろって言ったのに」
歯軋りするようにそうつぶやいた。
璃子が凝視しているのは、1階フロアに忽然と姿を現したふみである。
オレンジ色のユニフォームに巨体を包んだふみが、唯佳の怪物のほうへと足音も荒く近寄っていく。
「あたいの杏里に何するんだよ!」
ふみの胴間声が、吹き抜けの2階まで響いてきた。
ふみは明らかに怒っているようだ。
本来なら自分が杏里にとどめを刺すはずだったのに、そのおいしい役を横から攫われて、怒り心頭に達しているに違いない。
ふみの挑発に、怪物が動いた。
杏里の身体を放すと、ずるずると胴体を半回転させ、立ちはだかるふみのほうへと振り返ったのだ。
「ふみ! 馬鹿! 逃げるんだ!」
手すりから落ちそうになりながら、璃子が叫ぶ。
「見てわかるだろう? いくらおまえでも、そいつの相手は無理だ! それはもう、人間じゃない!」
「そんなこと言ったって」
駄々をこねるように、ふみが言い返す。
「放っておいたら、あたいの杏里が、このお化けに食べられちゃうよ。璃子は言ったよね? 杏里がここまでたどり着いたら、あとはぜーんぶあたいのもんだって」
「事情が変わったんだよ! 杏里のことは諦めろ! 言うことを聞け! このわからずや!」
「璃子ちゃん」
その鬼気迫る様子にどうしようもなく好奇心を刺激され、ヤチカはたずねた。
「あなたにとってあの子は、いったい何なの? 冷酷無比なあなたが、どうしてそんなにムキになってるの?」
「あんたには関係ない」
振り向きもせず言い捨てると、璃子は駆け出した。
銀色の髪を振り乱し、1階への階段を駆け下りていく。
「そんなの、どうでもいいじゃないか」
百足丸が面白そうに言う。
「これであのふたりも死んでくれりゃ、面倒が減って大助かりだ」
「それはそうだけど…でも、なぜか気になって」
ヤチカが答えた時、少し離れた所でスマートフォンを耳に当てていた大山が、ふたりのほうを振り向いた。
「委員会の特別班が出動するそうだ。多数の死者が出た以上、証拠隠滅のために、体育館ごと焼き払うと言っている。イベントは中止だ。我々も早く逃げないと」
「ならばこっちも急がないとね」
ヤチカは傍らの百足丸を見上げた。
「杏里ちゃんを回収するのよ。準備はいい?」
手すりから下を見下ろしていた璃子が、激しい口調で毒づいた。
ヤチカは驚いてその刃物で削いだような横顔を見つめた。
この少女らしからぬ振る舞いだ。
璃子は、ヤチカと百足丸を飛び越え、井沢と通じている節がある。
にもかかわらず、委員会側の人間、校長の大山にも取り入っている。
そんな二重スパイのような役割を飄々とこなしている謎めいた少女が、今、感情をむき出しにして目を剥いているのだ。
「はっ、ヤチカの予言通りじゃねえか」
横で百足丸が見下すように嗤った。
「ただのデブかと思ったら、おまえの相棒、とことん阿呆らしいな」
璃子は応えない。
「まだ出番じゃないのに。合図するまで、待機してろって言ったのに」
歯軋りするようにそうつぶやいた。
璃子が凝視しているのは、1階フロアに忽然と姿を現したふみである。
オレンジ色のユニフォームに巨体を包んだふみが、唯佳の怪物のほうへと足音も荒く近寄っていく。
「あたいの杏里に何するんだよ!」
ふみの胴間声が、吹き抜けの2階まで響いてきた。
ふみは明らかに怒っているようだ。
本来なら自分が杏里にとどめを刺すはずだったのに、そのおいしい役を横から攫われて、怒り心頭に達しているに違いない。
ふみの挑発に、怪物が動いた。
杏里の身体を放すと、ずるずると胴体を半回転させ、立ちはだかるふみのほうへと振り返ったのだ。
「ふみ! 馬鹿! 逃げるんだ!」
手すりから落ちそうになりながら、璃子が叫ぶ。
「見てわかるだろう? いくらおまえでも、そいつの相手は無理だ! それはもう、人間じゃない!」
「そんなこと言ったって」
駄々をこねるように、ふみが言い返す。
「放っておいたら、あたいの杏里が、このお化けに食べられちゃうよ。璃子は言ったよね? 杏里がここまでたどり着いたら、あとはぜーんぶあたいのもんだって」
「事情が変わったんだよ! 杏里のことは諦めろ! 言うことを聞け! このわからずや!」
「璃子ちゃん」
その鬼気迫る様子にどうしようもなく好奇心を刺激され、ヤチカはたずねた。
「あなたにとってあの子は、いったい何なの? 冷酷無比なあなたが、どうしてそんなにムキになってるの?」
「あんたには関係ない」
振り向きもせず言い捨てると、璃子は駆け出した。
銀色の髪を振り乱し、1階への階段を駆け下りていく。
「そんなの、どうでもいいじゃないか」
百足丸が面白そうに言う。
「これであのふたりも死んでくれりゃ、面倒が減って大助かりだ」
「それはそうだけど…でも、なぜか気になって」
ヤチカが答えた時、少し離れた所でスマートフォンを耳に当てていた大山が、ふたりのほうを振り向いた。
「委員会の特別班が出動するそうだ。多数の死者が出た以上、証拠隠滅のために、体育館ごと焼き払うと言っている。イベントは中止だ。我々も早く逃げないと」
「ならばこっちも急がないとね」
ヤチカは傍らの百足丸を見上げた。
「杏里ちゃんを回収するのよ。準備はいい?」
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