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第9部 倒錯のイグニス
#332 ラストステージ⑦
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人垣を割って現れた”それ”は、明らかに人間ではなかった。
上半身は、裸の少女である。
その上に、悲しげな表情をたたえた唯佳の顔が乗っている。
が、腰から下は、大蛇のように長く伸びた胴とそれに続く太い尾だ。
その丸太のような胴体の脇から気味悪く折れ曲がった2対の昆虫の脚が生え、身体全体を宙に支えている。
杏里の叫びに反応して振り向いた女生徒のひとりが、鋭い前肢の爪に背中を貫かれて絶命した。
噴き上がる血潮が、驟雨となって降り注ぐ。
杏里の性器に群がっていた生徒たちも、ようやく事態の異様さに気づいたようだ。
パニックが伝播し、人垣が総崩れになった。
逃げ惑う生徒たちを、唯佳の怪物の尾が襲う。
薙ぎ払われたいくつかの裸体が壁に叩きつけられ、血と脳漿を垂れ流して床にずり落ちた。
出口に向かって逃げようとする男性教師の腰が、怪物の前肢の一撃で分断され、千切れた上半身がごろりと床に転がった。
またたくまに十数人を血祭りにあげると、怪物がゆっくりと杏里のほうに向き直る。
逆さ吊りになった杏里の周囲には、すでに浄化状態になって気を失った生徒たちが倒れている。
が、怪物は動かないものには興味がないのか、ただ杏里だけをじっと凝視しているようだ。
「唯佳…」
恐怖に干からびた声で、杏里はたずねた。
「どうしちゃったの? その身体は、なに?」
唯佳は答えない。
ただ、生気のない瞳であられもない杏里の姿を見つめているだけだ。
それにしても、あまりにひどい変わりようだった。
杏里自身、これまで何度か変異外来種には遭遇している。
いずなに成り代わっていた生き物も権藤美穂にすり替わっていた生き物も、みんな人とはかけ離れていた。
姿かたちだけ見れば、真正の外来種である黒野零のほうが、まだしもずっと人間に近いといえる。
「ググググ…」
唯佳の喉の奥から、唸る獣の唸るような声が響いてくる。
美穂に憑りついていた怪物は人間の言葉をしゃべったが、今目の前にいる”これ”は、そこまでの知性を持っていないのかもしれない。
美穂にすり替わったほうが本体で、これはその本体から分裂した分身のようなものなのだろうか。
どのみち、逆さ吊りにされた杏里にはなすすべがない。
肩と股の関節は、タナトスの治癒能力のおかげでようやく元に戻りつつあった。
だが、足首を拘束したロープの結び目は硬く、身体をひねったぐらいでは容易にはずれそうもない。
腰をくの字に曲げて上半身を引き上げ、足首を縛ったロープに両手を伸ばす。
が、もう少しのところで届かない。
何度やっても無理だった。
疲れ切り、元のように吊り下がった杏里の視界に、唯佳の怪物が大写しになった。
蟷螂のように1対の前肢を振り上げ、その湾曲した鉤爪を今にも振り下ろそうとしている。
ああ! もうだめ!
杏里は目をつぶった。
凶器のような鎌に切り裂かれ、私はバラバラにされてしまうだろう。
でもその後も生きていられるかどうか…。
いくら不死身のタナトスでも、そこまでの自信はなかったのだ。
上半身は、裸の少女である。
その上に、悲しげな表情をたたえた唯佳の顔が乗っている。
が、腰から下は、大蛇のように長く伸びた胴とそれに続く太い尾だ。
その丸太のような胴体の脇から気味悪く折れ曲がった2対の昆虫の脚が生え、身体全体を宙に支えている。
杏里の叫びに反応して振り向いた女生徒のひとりが、鋭い前肢の爪に背中を貫かれて絶命した。
噴き上がる血潮が、驟雨となって降り注ぐ。
杏里の性器に群がっていた生徒たちも、ようやく事態の異様さに気づいたようだ。
パニックが伝播し、人垣が総崩れになった。
逃げ惑う生徒たちを、唯佳の怪物の尾が襲う。
薙ぎ払われたいくつかの裸体が壁に叩きつけられ、血と脳漿を垂れ流して床にずり落ちた。
出口に向かって逃げようとする男性教師の腰が、怪物の前肢の一撃で分断され、千切れた上半身がごろりと床に転がった。
またたくまに十数人を血祭りにあげると、怪物がゆっくりと杏里のほうに向き直る。
逆さ吊りになった杏里の周囲には、すでに浄化状態になって気を失った生徒たちが倒れている。
が、怪物は動かないものには興味がないのか、ただ杏里だけをじっと凝視しているようだ。
「唯佳…」
恐怖に干からびた声で、杏里はたずねた。
「どうしちゃったの? その身体は、なに?」
唯佳は答えない。
ただ、生気のない瞳であられもない杏里の姿を見つめているだけだ。
それにしても、あまりにひどい変わりようだった。
杏里自身、これまで何度か変異外来種には遭遇している。
いずなに成り代わっていた生き物も権藤美穂にすり替わっていた生き物も、みんな人とはかけ離れていた。
姿かたちだけ見れば、真正の外来種である黒野零のほうが、まだしもずっと人間に近いといえる。
「ググググ…」
唯佳の喉の奥から、唸る獣の唸るような声が響いてくる。
美穂に憑りついていた怪物は人間の言葉をしゃべったが、今目の前にいる”これ”は、そこまでの知性を持っていないのかもしれない。
美穂にすり替わったほうが本体で、これはその本体から分裂した分身のようなものなのだろうか。
どのみち、逆さ吊りにされた杏里にはなすすべがない。
肩と股の関節は、タナトスの治癒能力のおかげでようやく元に戻りつつあった。
だが、足首を拘束したロープの結び目は硬く、身体をひねったぐらいでは容易にはずれそうもない。
腰をくの字に曲げて上半身を引き上げ、足首を縛ったロープに両手を伸ばす。
が、もう少しのところで届かない。
何度やっても無理だった。
疲れ切り、元のように吊り下がった杏里の視界に、唯佳の怪物が大写しになった。
蟷螂のように1対の前肢を振り上げ、その湾曲した鉤爪を今にも振り下ろそうとしている。
ああ! もうだめ!
杏里は目をつぶった。
凶器のような鎌に切り裂かれ、私はバラバラにされてしまうだろう。
でもその後も生きていられるかどうか…。
いくら不死身のタナトスでも、そこまでの自信はなかったのだ。
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