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第9部 倒錯のイグニス
#318 幕間①
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誰かに呼ばれたような気がした。
水底から浮かび上がるように、急速に意識が戻ってきた。
割れるように頭が痛んだ。
目をつぶったまま、大きく息を吸い、そして吐いた。
目尻ににじんだ涙が渇く頃、ようやく痛みは薄らいだ。
おそるおそる目を開く。
のっぺりした天井が視界に入ってくる。
どうやらベッドに仰向けに寝ているようだ。
手足を動かそうとしたが、だめだった。
首だけ動かして左右を確認する。
両手首に手錠が嵌められ、鉄の鎖でベッドの柱に繋がれているのだ。
脚も同じだった。
動かそうとすると、ガチャリと鎖の音がした。
「なにこれ? どういうこと?」
声に出してつぶやいてみる。
喉が干からびたように、うまく声が出なかった。
全裸でペッドに縛りつけられている。
空調が効いているせいか、寒さは感じない。
だが、これがまともな事態とは、とても思えない。
なにがあったのだろう?
まだかすかに痛む頭で、記憶をさかのぼる。
バスの中で、おびただしい数の幼児たちに襲われて、そこに男が…。
眉間の痛みがよみがえり、ルナは無意識のうちに顔をしかめていた。
額に意識を向けてみる。
怪我をしているわけではなさそうだ。
今は特に異常はないようで、とりあえずほっとした。
力は?
力はどうだろう?
まさか失われたなんてことが…。
首を曲げ、右手首の手錠に意識を集中する。
おもちゃではなく、警察が使うような頑丈な代物だ。
が、眼底に力を込めてひと睨みすると、ガチャンという金属音とともに手錠がはずれ、右手が自由になった。
よかった。
力は失われていないのだ。
気をよくして、左手にとりかかる。
両手が自由になると、ベッドの上に身を起こし、足の手錠を壊した。
ふう。
作業を終え、改めて周囲を見回した。
妙に雑然とした部屋である。
いくつも壁に立てかけてあるのは、油絵を描く時に使うイーゼルのようだ。
絵にはすべて白い布がかかっており、何が描いてあるのかここからではわからない。
シンナーの匂いがつんと鼻をつく。
画家のアトリエ?
それにしても、わたし、どうしてこんなところに?
部屋の隅の椅子に、ルナのものらしき制服とスカートがかかっている。
その下に見える白はおそらく下着だろう。
助かった。
ベッドからそろそろと足を下ろし、部屋を横切った。
誰かが入って来ないうちにと、急いで下着と衣服を身につける。
身体が温かい布に包まれると、気もちに余裕が生まれた。
イーゼルに歩み寄り、布を払いのける。
現れた絵をひと目見るなり、ルナははっと息を呑んだ。
「杏里…」
カンバスに描かれているのは、裸の杏里だった。
四つん這いになり、形のいい尻を持ち上げ、恍惚とした表情で目を閉じている。
その尻の割れ目には薔薇の枝が挿入され、大輪の赤い花を咲かせている。
写真と見まごうほど写実的なだけに、背筋がぞくぞくするほど煽情的だった。
胸騒ぎを押さえて、隣のイーゼルの布もめくってみた。
そのとたん、暗闇の中で天井から全裸で逆さに吊るされた杏里が、カンバスの中からじっとルナを見つめ返してきた。
ここにあるのは、全部、杏里の絵…?
思い出した。
ここは、いつか杏里と一緒に訊ねた、あの画家のアトリエなのだ。
名前は確か、七尾ヤチカ…。
じゃあ、杏里は…杏里はいったいどこにいるのだろう?
そこまで考えた時だった。
ルナの脳裏に、記憶が一度によみがえった。
まずい。
きょうは、何日?
ひょっとして、あのイベントが、始まってる?
ブレザーのポケットからスマホを取り出した。
かろうじてまだ生きている。
液晶の端の日付を見て、うめいた。
いけない。
きょうだ。
きょうが、イベント当日なのだ。
「急がなきゃ」
口に出して言った、その瞬間である。
「お早いお目覚めね」
戸口のほうから、ひどく落ち着いた女の声がした。
「百足丸の話だと、あと一日は寝てるはずだったのに」
水底から浮かび上がるように、急速に意識が戻ってきた。
割れるように頭が痛んだ。
目をつぶったまま、大きく息を吸い、そして吐いた。
目尻ににじんだ涙が渇く頃、ようやく痛みは薄らいだ。
おそるおそる目を開く。
のっぺりした天井が視界に入ってくる。
どうやらベッドに仰向けに寝ているようだ。
手足を動かそうとしたが、だめだった。
首だけ動かして左右を確認する。
両手首に手錠が嵌められ、鉄の鎖でベッドの柱に繋がれているのだ。
脚も同じだった。
動かそうとすると、ガチャリと鎖の音がした。
「なにこれ? どういうこと?」
声に出してつぶやいてみる。
喉が干からびたように、うまく声が出なかった。
全裸でペッドに縛りつけられている。
空調が効いているせいか、寒さは感じない。
だが、これがまともな事態とは、とても思えない。
なにがあったのだろう?
まだかすかに痛む頭で、記憶をさかのぼる。
バスの中で、おびただしい数の幼児たちに襲われて、そこに男が…。
眉間の痛みがよみがえり、ルナは無意識のうちに顔をしかめていた。
額に意識を向けてみる。
怪我をしているわけではなさそうだ。
今は特に異常はないようで、とりあえずほっとした。
力は?
力はどうだろう?
まさか失われたなんてことが…。
首を曲げ、右手首の手錠に意識を集中する。
おもちゃではなく、警察が使うような頑丈な代物だ。
が、眼底に力を込めてひと睨みすると、ガチャンという金属音とともに手錠がはずれ、右手が自由になった。
よかった。
力は失われていないのだ。
気をよくして、左手にとりかかる。
両手が自由になると、ベッドの上に身を起こし、足の手錠を壊した。
ふう。
作業を終え、改めて周囲を見回した。
妙に雑然とした部屋である。
いくつも壁に立てかけてあるのは、油絵を描く時に使うイーゼルのようだ。
絵にはすべて白い布がかかっており、何が描いてあるのかここからではわからない。
シンナーの匂いがつんと鼻をつく。
画家のアトリエ?
それにしても、わたし、どうしてこんなところに?
部屋の隅の椅子に、ルナのものらしき制服とスカートがかかっている。
その下に見える白はおそらく下着だろう。
助かった。
ベッドからそろそろと足を下ろし、部屋を横切った。
誰かが入って来ないうちにと、急いで下着と衣服を身につける。
身体が温かい布に包まれると、気もちに余裕が生まれた。
イーゼルに歩み寄り、布を払いのける。
現れた絵をひと目見るなり、ルナははっと息を呑んだ。
「杏里…」
カンバスに描かれているのは、裸の杏里だった。
四つん這いになり、形のいい尻を持ち上げ、恍惚とした表情で目を閉じている。
その尻の割れ目には薔薇の枝が挿入され、大輪の赤い花を咲かせている。
写真と見まごうほど写実的なだけに、背筋がぞくぞくするほど煽情的だった。
胸騒ぎを押さえて、隣のイーゼルの布もめくってみた。
そのとたん、暗闇の中で天井から全裸で逆さに吊るされた杏里が、カンバスの中からじっとルナを見つめ返してきた。
ここにあるのは、全部、杏里の絵…?
思い出した。
ここは、いつか杏里と一緒に訊ねた、あの画家のアトリエなのだ。
名前は確か、七尾ヤチカ…。
じゃあ、杏里は…杏里はいったいどこにいるのだろう?
そこまで考えた時だった。
ルナの脳裏に、記憶が一度によみがえった。
まずい。
きょうは、何日?
ひょっとして、あのイベントが、始まってる?
ブレザーのポケットからスマホを取り出した。
かろうじてまだ生きている。
液晶の端の日付を見て、うめいた。
いけない。
きょうだ。
きょうが、イベント当日なのだ。
「急がなきゃ」
口に出して言った、その瞬間である。
「お早いお目覚めね」
戸口のほうから、ひどく落ち着いた女の声がした。
「百足丸の話だと、あと一日は寝てるはずだったのに」
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