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第9部 倒錯のイグニス

#310 蜜色の罠⑤

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 いつのまにか、プールを満たすローション・オイルは濃密なスープに変わってしまったかのようだった。
 杏里の全身からにじみ出る媚薬入りエキス。
 プールの中で杏里を弄ぶ生徒たちが分泌する、おびただしい量の精液や愛液。
 それらがないまぜになって閾値を超え、化学変化を起こしたかのように猛烈に匂い立っている。
 その証拠に、第一陣の生徒たちはすでに正気を無くしている。
 プールの中でお互いに絡み合い、水着のまま、性行為に及ぶ者。
 プールのへりに性器をこすりつけて激しいオナニーに没頭する者。
 全員、浄化の一歩手前まで来ていた。
「何してるんだ? おまえら」
 業を煮やした第二陣の生徒たちが次々とプールに飛び込んできて、放心状態の仲間たちを外に引きずり出す。
 が、彼らも同じだった。
 プールを満たしたスープに触れると、1分と経たないうちにその影響が出始めた。
 杏里の周囲に淫らな喘ぎ声が満ち、少年と少女、あるいは少年同士、少女同士が互いにまぐわい、痙攣する。
 いったん連鎖が始まると、第三陣まで合せたおよそ30人のクラスメイトが陥落するまでに大して時間はかからなかった。
 残るはプールサイドに仁王立ちになっている佐伯忠雄、ただひとりだった。
「化け物め!」
 佐伯は両手に剣道の竹刀を握っている。
「みんなに何をした? おまえはいったい何者なんだ?」
 プールの中央に身を起こした杏里を睨み下ろし、頬をひきつらせて、金切り声で叫んだ。
「わかってるでしょ? 私が美里先生の後継者だってことは」
 全身から黄金色のスープをしたたらせ、杏里はプールの中を佐伯に向かって歩いていく。
「でも、違うのは、先生は”出来損ない”だったってこと。出来損ないの治療を受けたせいで、あなたたちの病気はますます重くなってしまった。だからそれを、私が治しに来たの」
「何を言ってる? わけのわからないことを!」
 佐伯が竹刀を振り上げ、杏里の頭部に振り下ろそうとした、その時だった。
 杏里の口が丸く開き、ピンクの舌が宙を走った。
「わっ!」
 足首を取られ、佐伯が転倒する。
 転がり落ちてきた少年を、杏里は全体重をかけて、プールの底に押さえ込んだ。
 スープを飲んだ証拠に少年の口から泡が吹き上がり、またたくまに身体じゅうから力が抜けていく。
 終わった。
 プールから上がり、酒池肉林の地獄と化した教室を眺め渡して、杏里は右手の人差し指で額にかかった濡れた髪をかき上げた。
 これで生徒は三学年とも浄化した。残るは職員室。それさえ突破すれば、ゴールは近い。
 ただ、気がかりなのは、ふみと璃子がいまだに姿を見せないこと。
 そして、会場に潜入しているはずのヤチカと謎の男の行方。
 が、それは考えても仕方のないことだった。
 今は最後まで突き進むしかないのだ。
 形のいい乳房をかすかに揺らし、杏里は全裸のまま、次の試練に向けてゆっくりと歩き出す…。

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