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第9部 倒錯のイグニス

#302 タナトスの矜持①

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 少年は部屋の隅にうずくまり、こちらに背を向けて狂ったように己のペニスをしごき続けている。

 文字通り、自慰を覚えた動物園のチンパンジーだった。

 タナトスを相手に、初めての精通を迎えたのだ。

 これまで性の悦びに無縁だった彼にとって、それはほとんど麻薬に等しい快楽だったに違いない。

 衝立で仕切られた狭い部屋の中には、隠れていたほかの生徒たちもぞろぞろと集まってきている。

 リーダーの狂態に、みんなあっけにとられ、声を失ってしまっているようだ。

「マサオ…何やってるんだ? そんなに、気持ちよかったのか…?」

 少年に加担して、杏里をワイヤーで吊るす役を担っていた男子生徒が、我慢しきれず声をかけた。

 が、マサオは答えない。

 荒い息を吐きながら、発情した獣のように喘いでいるだけだ。

 杏里は少し少年が気の毒になった。

 彼はおそらく、陰嚢が空になるまでオナニーをやめないに違いない。

 いや、精液が一滴も出なってすらも、気を失うまでペニスをしごき続けるのだ。

 そしてその行きつく先が、彼にとっての”浄化”になる…。

 できれば避けたかった事態ではある。

 しかし、重人を失ってしまった以上、背に腹はかえられない。

 こうなったら、残り全員を不能にしてでも、この西棟を抜け出すしかなかった。

「さあ、あなたたちはどうするの?」

 周囲を取り囲んだ生徒たちを見回して、杏里は言った。

「確かに私からリングを奪えば、この先の入試も高校生活も楽になるかもしれない。でも、考えてみて。そんなものは、しょせん、自分ががんばれば、いずれ高確率で手に入るものじゃないの? その点、私があなたたちに与える快楽は違う。これは他では絶対に味わえない種類のもの。その証拠に、あの子を見て。彼は生まれて初めて真の快感を知った。だから、あんなふうに、人が変わったみたいにオナニーに没頭してる。それほどの快感を、あなたたちも一度味わってみたいと思わない? 待っててあげるわ。してほしい人は前に出て。男子でも女子でもかまわない。私はバイセクシャル。つまり、女の子も十分ありっていうことよ」

 お互いの顔を見合わせ、ためらう生徒たち。

 してほしいのは山々だが、皆の見ている前では勇気が出ない。

 誰もがそんな複雑な表情を顔に浮かべている。

「いないの? 意気地なしばっかりね」

 杏里がなじった時だった。

「女子でもいけるって、あなた、言ったよね」

 背の高い、大人びた少女が前に進み出た。

 ストレートヘアに、銀縁眼鏡がよく似合っている。

「あなたは?」

 杏里は長身の少女の顔を見上げた。

 どちらかといえば日本人形っぽい和風の顔立ちだが、かなりの美人である。

「私はクラス委員長の日下部伊織。マサオがどうしてもって言い張るから、更生の意味も兼ねて今回の件は彼に一任してたのだけれど、こうなったら、私が責任取らなきゃね」

「いい心がけね」

 杏里はうっすらとう微笑んだ。

「それならまず、ここで裸になってちょうだいな」

 



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