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第9部 倒錯のイグニス

#267 恥辱まみれのセレモニー①

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 前原に導かれて奥のドアをくぐると、そこは狭い通路になっていて、その向こうが舞台裏だった。
「合図があるまで、ここで待機です」
 舞台の袖で、前原がメンバーを押し留めた。
 杏里が驚いたのは、舞台にプロレス仕様のリングが設置されていることだった。
 天井から照りつける煌々たるライトの下、紅白戦の時同様の本格的なリングが出来上がっている。
 100のパイプ椅子を並べた観客席はあらかた埋まっていて、壁際にはそれを取り囲むようにして等間隔で教師たちが立っている。
 と、上手から、スーツ姿の大山が姿を現した。
「幸運なる選抜者の皆さん、さあ、オープニング・セレモニーの始まりです!」
 観客席に向かって両手を掲げ、派手なジェスチュアーで声を張り上げる。
「本日のイベントに先立って、好評を博したレスリング部の紅白戦。あの激戦を再現したいと思います。では、レスリング部の諸君、こちらへ! 皆さんは、拍手でお迎えください!」
「出番だぞ」
 いつのまにそこにいたのか、杏里の背中を押して凛子がささやいた。
 よろめき出た杏里を、咲良の太い腕が抱えるようにして支え、リングに向かってドスドスと走り出す。
「おおっと、もう試合開始かあ?」
 大山が叫んだ時には、杏里はすでにロープに向かって投げ飛ばされていた。
 正面から激突し、勢い余ってロープを越え、前転するように頭からリング内に倒れ込んだ。
 そこに、次々にロープを飛び越した部員たちが、我先にと群がってくる。
 オラウータンのように長い手で、麻衣が杏里を引きずり起こす。
 立ちあがったところを、反対側のロープに向かって投げられた。
 前のめりにロープに突っ込み、反動で戻ってきたところを、アニスの足技につき転がされ、仰向けになる。
 嫌というほど後頭部を打ち、もうろうとなった杏里の眼に、異様な光景が飛び込んできた。
 目の前のコーナーポストの上に、ゴリラのような巨体がそびえ立っている。
 ドレッドヘア―の、フランケンシュタインの怪物そっくりの顔をした大女だ。
「なんと! 元金メダリスト、小谷小百合先生の登場だあっ!」
 大山のわざとらしい中継に、観客席から歓声が沸き起こった。
「せ、先生…?」
 茫然と、杏里はつぶやいた。
 落ちくぼんだ眼窩の底から、獣欲にくらんだ眼が仰向けに倒れた杏里を凝視している。
 両手をムササビのように掲げると、その小百合の巨体が宙に浮いた。
 黒い影が覆い被さり、次の瞬間、全身の骨が砕け散るようなすさまじい衝撃に、杏里は絶叫した。

 
 
 

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