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第9部 倒錯のイグニス

#245 リハーサル①

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 帰りのバスは混んでいた。
 客層は、高校生や大学生がほとんどである。
 駅でJRから市バスに乗りかえて、帰路につく者が多いからだった。
 タラップを上がり、料金箱に小銭を入れると、杏里は昇降口近くに立った。
 立錐の余地もないとはこのことで、座席はおろか、狭い通路にまで乗客たちがひしめいている。
 どうしようか。
 重人が言うように、ここで予行演習というのも悪くない。
 どうせ家に帰っても、暇なだけなのだ。
 暇に任せてオナニーするくらいなら、この場を借りて色々実験してみたほうが、明日のイベントに向けての対策になるはずだ。
 意を決すると、杏里はあえて通路の人混みをかき分け、その真ん中あたりまで進んだ。
 乗ってきた時から、視線が身体中に突き刺さるようだった。
 乗客たちがみな、杏里に強い関心を示しているのは間違いない。
 杏里が入り込んだのは、どうやら女子高生のグループのど真ん中である。
 座席に座った者、周囲に立つ者、みんな同じセーラー服を着ていることからそれとわかった。
 大声を上げて騒いでいたその女子高生の一団が、割りこんできた杏里を見て、ぴたりと静かになった。
 なに、こいつ。
 あからさまな嫌悪の視線が集中する。
 が、すぐにそれは好奇のまなざしへと変わり、目配せがグループの間を飛び交った。
 かまわずつり革を握って立っていると、周囲の生徒が杏里を取り囲むように身体を密着させてきた。
「おまえ、アケ中の生徒だな?」
 背中側に立った背の高い女子が、杏里の耳元に口を近づけてささやいた。
「ずいぶんふざけた格好してんじゃん。これからエンコーか? それとも痴漢に遭いにきたのか?」
 第二ボタンまではずし、ブラの一部を見せている杏里の胸をにらんでそう言った。
 女ばかりというのは予想外だった。
 正直、浄化は男性のほうが楽である。
 ただ射精させればいいからだ。
 その点女相手は面倒だった。
 オルガスムスのタイミングが多岐にわたるし、中には達した後も求めてくる者がいるからだ。
 だが、何事も練習である。
 明日のターゲットの約半数は女子なのだ。
 当然のことながら、男子だけ浄化して終わりというわけにはいかなかった。
「おい、シカトかよ」
 最初に話しかけてきた女子高生は、明らかに気分を害したようだった。
「だったらこっちは好きなようにやらせてもらうだけさ」
 いきなりブレザーを脱がされた。
 ブレザーが手首にからみつき、杏里は後ろ手に縛られたような格好になった。
「でけえ乳。こいつ、ほんとに中学生かよ。アヤの貧乳の3倍はありそうじゃん」
 前に立ってほかの乗客から杏里を隠すと、茶髪に染めた女子高生が杏里の胸に手を伸ばしてきた。
 ブラウスのボタンをすべてはずされるまで、十秒とかからなかった。
「うちの好みの顔、してんじゃん。ほら、なんとかってアイドルにちょっと似てるだろ」
 茶髪がにやにや笑いを顔に貼りつけて言う。
 周囲の興奮の高まりを静電気のように肌に感じながら、杏里は体の力を徐々に抜いていった。
 初心に戻ってやってみよう。
 そう決心していた。
 タナトスの本分は、徹底した受け身の姿勢にある。
 こちらから攻撃するなど、もってのほかだ。
 かつてジェニーは杏里にそう言った。
 ならばもう一度それを試してみよう。
 ふと、そう思ったのだった。
 

 

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