上 下
238 / 463
第9部 倒錯のイグニス

#238 嵐の予感⑮

しおりを挟む
「とにかく、買い出しついでに勉強道具持ってきてあげるから、あんたはここで待ってなさい」
 そう言い捨てると、杏里は部室を後にし、裏門から校外に出た。
 大通りに出れば、確かコンビニがあったはずだ。
 いつもバスの窓から見ていたから、場所はすぐにわかる。
 通りを横切ってしばらく歩くと、青と白の看板が見えてきた。
 店に入り、パンだのサンドイッチだのを適当に見繕い、飲み物と一緒にレジカウンターに置く。
「イラッシャイマセ」
 椅子から腰を上げた東南アジア系の若い男の店員が、杏里のきわどい制服姿に目を見開いた。
「若イ女ノ子ガ、昼間カラソンナ恰好シテチャ駄目デスヨ」
 袋の商品を詰めながら親切にそう忠告してくれたが、杏里にとっては余計なお世話である。
「ご忠告、どうも」
 ぷいと横を向いてすたすたと店を出る。
 通りをもと来た側に渡って、コンビニのほうを何気なく振り返った時だった。
 信じられない光景を目にして、杏里はぽかんと口を開けた。
 コンビニの2階は、イートインを兼ねたレストルームになっている。
 その窓側の席に、見覚えのある横顔が見えたのだ。
 ショートカットの、細面の女性。
 ヤチカである。
 ヤチカさん、こんなところにいたんだ…。
 重人がいくらテレパシーの網を張り巡らせても、捕まらなかったはずだった。
 それにしても、と思う。
 なんであいつらが、ヤチカさんと一緒にいるの?
 杏里がいぶかしんだのは、ヤチカの向かいに座るふたり連れの姿だった。
 銀髪のキツネ目の少女と、相撲取りのような体格の醜女である。
 クラスメイトの凛子とふみ。
 あの凶悪コンビが、ヤチカさんと居る…。
 あり得ない組み合わせだった。
 しかも、ヤチカの向こう側には、背の高い黒い影。
 顔までは見えないが、おそらくあの謎の男も一緒なのだ。
 何を話しているのだろう?
 怪しい。絶対に、怪しい。
 行って、確かめなきゃ…。
 もう一度、通りを渡ろうとした時だった。
「こら、笹原、そんなところで何してるんだ?」
 ふいに声をかけられ、腕をつかまれた。
「いくら学園祭の最中だからって、学校から出たらダメじゃないか」
 振り向くと、担任の木更津が立っていた。
 くう。
 杏里は唇を噛んだ。
 なんて間の悪いところに。
「すみません。ちょっと、買い出しに」
 不愛想にコンビニの袋を掲げて見せると、
「おかしいな。おまえ、模擬店の係に入ってなかったはずだろう?」
 木更津が、いぶかしげに銀縁眼鏡の縁を光らせた。
「そうですけど…人手が足りないからって、純に頼まれて…」
 もちろん嘘だが、木更津には、それ以上追及するつもりはなさそうだった。
「まあいい。早く中に戻れ。今回だけは見逃がしてやる」
「ありがとうございます」
 ありがたがっていないのが丸わかりの不機嫌な口調で、杏里は言った。
 そして腺病質の数学教師に背を向けると、わざとスカートの裾を翻して、下着をチラ見せしながら尻を振り振り駆け出した。
 

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

長年付き合った彼女と別れた

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:22

ある日突然異世界へ(本編完結.番外編展開中)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,535

そんなお口で舐められたら💛

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:70

1ヶ月限定の恋人を買ってみた結果

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

処理中です...